場所は記憶する――私たちはいまどこに居て、どこへ往くのか

〈第八章 無意識下の領域〉1
 夏目漱石『夢十夜』
前田速夫


   百年ののち 

 夏目漱石は『吾輩は猫である』から始まって、『坊つちやん』『草枕』『二百十日』『虞美人草』『坑夫』『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』『行人』『こゝろ』『道草』『明暗』と、四十一歳からのわずか十年あまりの間に矢つぎ早やに書いた作品が、どれも粒ぞろいの傑作という稀有な作家で、――といっても、小説としては破綻していたり、『明暗』のように未完のものもあったりと、必ずしも完成度は高くないのですが――今も問題を突きつけるという意味で、近代文学では人気実力ともにナンバーワンの小説家です。
 主に雑誌や新聞での連載という執筆形式をとったため、一般に長篇作家と見られていますけれども、短篇にも捨てがたいものがあります。なかでも『夢十夜』(岩波文庫)は、短篇として優れているだけではなくて、漱石の内面の最深部が映しだされているものとして、今日若い研究者のあいだで最も注目されている作品の一つと言って差し支えありません。執筆時期は漱石四十一歳、『三四郎』の連載にかかる直前です。はじめに、第一夜。

  《こんな夢を見た。
  腕組みをして枕元(まくらもと)(すわ)って居ると、仰向(あおむき)に寝た女が、静かな声
 でもう死にますという。女は長い髪を枕に敷いて、輪廓(りんかく)の柔らか
 な瓜実顔(うりざねがお)をその中に横たえている。真白(まっしろ)(ほお)の底に温かい血の色
 が(ほど)よく差して、唇の色は無論赤い。到底死にそうには見えない。
 しかし女は静かな声で、もう死にますと判然(はっきり)いった。自分も(たしか)
 これは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と
 上から(のぞ)き込むようにして聞いて見た。死にますとも、といいなが
 ら、女はぱっちりと眼を開けた。大きな(うるおい)のある眼で、長い(まつげ)
 に包まれた中は、ただ一面に真黒(まっくろ)であった。その真黒な(ひとみ)の奥
 に、自分の姿が(あざやか)に浮かんでいる。》

 「こんな夢を見た」とぶっきらぼうに書き出したわりに、夢は無意識のずいぶん深いところへ届いています。色白で瓜実顔、長い髪と黒眼勝ちの眸は、『それから』の三千代など、漱石の長編に登場する女主人公に共通した特徴で、彼の永遠の女、もしくは運命の女(ファム・ファタール)と考えていいでしょう。この女が、「百年、(わたくし)の墓の傍に坐って待っていてください。きっと逢いに来ますから」と言って亡くなります。言われた通り、墓の前に坐って待っていると、大きな赤い日が東から出、やがて西へ落ちる。一つ、二つ、と勘定して、勘定しつくせない程赤い日を見ますが、百年はまだ来ません。

  《すると石の下から(はす)に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。
 見る間に長くなって丁度自分の胸のあたりまで来て()まった。と
 思うと、すらりと(ゆら)ぐ茎の(いただき)に、心持首を(かたぶ)けていた細長い一
 輪の(つぼみ)が、ふっくらと(はなびら)を開いた。真白な()()が鼻の先で骨に
 (こた)えるほど匂った。そこへ(はるか)の上から、ぽたりと(つゆ)が落ちたの
 で、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前に出して冷
 たい露の(したた)る、白い花瓣(はなびら)接吻(せっぷん)した。自分が百合から顔を離す拍
 子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ(またた)いていた。
  「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気が付いた。》

 真っ白な百合の花は、女の形象でしょうから、女に会えたのでしょう。だから、「百年はもう来ていたんだな」となる。
 研究者のなかには、ここに登場する女は、漱石が惹かれながら結ばれることのなかった永遠の女性――そう推定される女性は何人かいて、人によって説は分かれるのですが、一番有力なのは、江藤淳らが唱えた、漱石の死んだ嫂の登世(とせ)説です。江藤淳は嫂とは禁忌を破る肉体関係があっただろうとまで言っています――をモデルにしたのであろうと指摘する人もいます。無意識のうちに、それをなぞっていたかも知れません。


  前世の罪

 次は第三夜に行きます。「こんな夢を見た」という書き出しは、同じです。六つになる子供を背に負ぶっています。ただ不思議なことには、いつの間にか眼がつぶれて、青坊主になっている。「御前(おまえ)の眼は何時(いつ)(つぶ)れたのかい」と聞くと、「なに昔からさ」と答える。声は子供の声に違いないのに、言葉つきはまるで大人です。わが子ながら少し怖くなって、どこかへ打遺(うつち)ゃるところはないだろうかと、向うを見ると、闇の中に大きな森が見えた。子供が、「御父(おとつ)さん、重いかい」と聞く。「重かあない」と答えると、「今に重くなるよ」と言う。何だか厭になって、早く森へ行って捨ててしまおうと思って急ぐと、「もう少し行くと解る。――丁度こんな晩だったな」と背中で独言(ひとりごと)のように言っている。以下は、全文です。

  《「何が」と(きわ)どい声を出して聞いた。
  「何がって知ってるじゃないか」と子供は(あざ)けるように答えた。
 すると、(なん)だか知ってるような気がし出した。けれども判然(はっきり)とは
 分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し
 行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早
 く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分
 は(ますます)足を早めた。
  雨は最先(さっき)から降っている。路はだんだん暗くなる。(ほと)んど夢中で
 ある。ただ脊中に小さい小僧が食付(くつつ)いていて、その小僧が自分の
 過去、現在、未来を(ことごと)(てら)して、寸分の事実も()らさない鏡の
 ように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目で
 ある。自分は(たま)らなくなった。
  「()()だ、此処だ。丁度其の杉の根の処だ」
  雨の中で小僧の声は判然聞こえた。自分は覚えず(とま)った。()()
 か森の中へ這入っていた。一(けん)ばかり先にある黒いものは(たしか)に小
 僧のいう通り杉の木と見えた。
  「御父さん、その杉の根の処だったね」
  「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
  「文化五年辰年(たつどし)だろう」
  なるほど文化五年辰年らしく思われた。
  「御前がおれを殺したのは今から丁度百年前だね」
  自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこ
 んな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目(めくら)を殺したという自覚が、
 忽然(こつぜん)として頭の中に起った。おれは人殺(ひとごろし)であったんだなと始めて
 気が付いた途端に、脊中の子が石地蔵(いしじぞう)のように重くなった。》

 これは『夢十夜』のなかでも、最も有名なもので、これを読んだ人は誰でも最後の、自分の子と思って背負って歩いていた子供が、実は百年前に自分が殺した盲人だったと知らされて、ぞっとするのではないでしょうか。「脊中の子が急に石地蔵のように重くなった」と終わるところが、すごいですね。
 伊藤整はここには「人間存在の原罪的な不安」が表現されていると評しましたが、言葉を変えると、『門』で言う「父母未生以前」のことが問われていると言っていい。
 諸国を遍歴する盲人や、下級の宗教者を親切なふりをして家に泊め、金を奪うため殺すという民話は、江戸時代、各地にありまして、その落ちは殺された当人が「あれは、こんな晩だったな」と下手人にささやきます。おそらく、漱石はそれを踏まえて、このような話に変型させたと思われますが、――ちなみに、ラフカディオ・ハーンにも子どもを捨てた父をテーマにした再話があります――第一夜と同じく、ここでも百年という、人間の寿命を越えた時間が問題です。
 私がこの『夢十夜』に注目するのは、もちろん、漱石が「夢」というトポスを用いて連作を試みたからですが、ひとくちに夢といっても、その構造はなかなか複雑です。通常われわれが夢を見たという場合、睡眠中に見た夢の記憶部分なんですね。ですから、比較的睡眠の浅くなった目覚め際のことが多い。生理学的には、覚醒時とは異なる休眠時の脳髄の働きが視神経を刺激して起こる現象で、視覚が占める要素が大きい。その特徴は、夢見る〈私〉は〈私〉でありながら、現実の〈私〉とのあいだには断絶があること、夢の思考は非論理的なことなどです。つまり、時間・空間の制約を受けず、融合や置き換えや象徴などが、自由に行なわれ、それだけに深層の意識が思いがけず形象化される。文学や絵画が好んで扱うゆえんです。
 けれども、それだけに、これを安易に導き入れると、あざとくなったり、説明的になったりして、失敗する。下手な小説は、すぐ夢に逃げて、馬脚を現します。ところが、さすがに漱石の場合は、見事なものです。もったいぶって夢を語るのとは逆に、「こんな夢を見た。」と、単刀直入に、ぶっきら棒に話を起こす(一、二、三、五夜)かと思えば、夢を夢であると断りもせずに書き始めるなど変化があって、ひとつひとつの情景にイメージの喚起力がある。
 そして、一編一編が独立した作品でありながら、全体が有機的に結合されています。たとえば、第二夜は武士が座禅を組んで無心になろうとするがどうしても無心になれない、その焦燥を「それでも我慢して凝と坐っていた。堪えがたいほど切ないものを胸に盛れて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持ち上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、何処も一面に塞がって、まるで出口がないような残酷極まる状態であった。」と表現していますが、この焦燥感、裏切られた期待、達せられない願望、逃れられない生の悲運は、全編に通じるものですし、第八夜の床屋の鏡に映る自分と外の風景との分裂がわかりやすい例ですが、この分裂意識も、やはり共通します。
 私はここに、父母未生以前と、死後の時間・空間を含む、生と死の物語を見ます。そして、これが一見難解であるのは、夢がそうであるように、ある場合は時間が空間に、またある場合は空間が時間へと転換したり、ずれこんで、歪みやねじれが生じているからでしょう。
 『夢十夜』の主題を一言で言えば、やはり生の根源的な不安、他者との異和でしょう。それが知的に構造的に組み立てられていながら、おそらくは、漱石自身でも自覚していなかった作者の内部世界が、暗いどろりとした触感をともなって定着されている、それがこの小説を凄みのあるものにしているのだと思います。


著者略歴
前田速夫(まえだ・はやお)
一九四四年、福井県生まれ。東京大学文学部英米文学科卒業。一九六八年、新潮社入社。一九九五年から二〇〇三年まで文芸誌「新潮」の編集長を務める。一九八七年に白山信仰などの研究を目的に「白山の会」を結成。著書に『異界歴程』『余多歩き 菊池山哉の人と学問』(読売文学賞受賞)、『白の民俗学へ 白山信仰の謎を追って』『古典遊歴 見失われた異空間(トポス)を尋ねて』『「新しき村」の百年 〈愚者の園〉の真実』『海人族の古代史』『谷川健一と谷川雁 精神の空洞化に抗して』『老年の読書』など。
本連載と同時進行で「三田文学」に『対比列伝 作家の仕事場』を連載中。