場所は記憶する――私たちはいまどこに居て、どこへ往くのか
〈第十五章 都市の感受性〉2
金原ひとみ『スプリットタン』/村田紗耶香『しろいろの
街の、その骨の体温の』
前田速夫
スプリットタン

米軍相手のクラブで歌手をしている女性が、脱走中の黒人兵士と愛しあうようになる山田詠美の『ベッドタイムアイズ』(河出文庫)の登場は、同じ横田基地周辺を舞台にする村上龍の『限りなく透明なブルー』以上に、私には衝撃でした。
《スプーンのヘアは肌の色と保護色になっているからか、ディッ
ク自身が存在感を持って私の眼に映る。私は好物のスウィートなチ
ョコレートバーと錯覚し、口のなかが濡れて来るのを抑える事が出
来ない。流れ出る唾液は、すでに沸騰している。》
こういったことが、ごく当たり前に書かれていて、のけぞりそうになったことを憶えています。しかし、これで驚いているようでは、いけない。金原ひとみの『蛇にピアス』(集英社文庫)では、主人公は少女です。
《「スプリットタンって知ってる?」
「何? それ。分かれた舌って事?」
「そうそう。蛇とかトカゲみたいな舌。人間も、ああいう舌にな
れるんだよ」
男はおもむろにくわえていたタバコを手に取り、べろっと舌を出
した。彼の舌は本当に蛇の舌のように、先が二つに割れていた。私
がその舌に見とれていると、彼は右の舌だけ器用に持ち上げて、二
股の舌の間にタバコをはさんだ。
「……すごい」
これが私とスプリットタンの出会い。
「君も、身体改造してみない?」
男の言葉に、私は無意識のうちに首を縦に振っていた。》
この出だしを読むだけでも、気の弱い人は卒倒してしまうのではないでしょうか。男は主人公ルイの同棲相手のアマ。彼のすすめでシバさんの店で舌にピアスの穴を開けただけでなく、「エッチ一回」で背中に龍と麒麟の刺青もしてもらいます。ただし、目に瞳を入れると飛んで行ってしまうというので、それはやらずに。
アマは見かけはマッドでパンクですが、どこか幼児のような無防備さと奇妙な律義さを備えていて、ルイは彼と過ごす時間に安らぎに似た思いを感じる一方、傲岸なシバさんにも惹かれてゆきます。
ある夜、ルイはアマの別の面を見てしまう。彼女にちょっかいを出してきた男を、病的なまでの暴力を揮って痛めつけたのです。やがて、アマは失踪。警察の手入れの最中に、死体で発見されます。
アマの失踪を知ったルイは、唇をかみしめすぎて、虫歯だった奥歯が欠けて、それを噛みくだいて飲み込んでしまいます。「私の血肉になれ。何もかも私になればいい。何もかもが私に溶ければいい。アマだって、私に溶ければ良かったのに」。
ルイはなぜ自分の身体を傷つけるのか。彼女の感じている痛さとは何なのか。作者はそれを、孤独感とか閉塞感とかの陳腐な表現に頼らず、まして箍のはずれてしまった社会のせいにすることなく、ひたすら自分のちっぽけな身体全体で受けとめようとする。
シバさんの店は、繁華街の外れの地下にあります。文字通りアンダーグラウンドな、社会の良俗からは外れたトポスです。
《ワンピースを脱いで寝台に横になった。
「本当に、いいんだな」
私は黙ったままコクッと頷いた。シバさんがあの機械を手に持っ
た。そう、ボールペンみたいなあの機械で、私の背中の龍と麒麟
に、瞳が入る。私の龍と麒麟は、目を持つ。命を持つ。いくよ……
シバさんの言葉と共に、私の背中に懐かしい痛みが走った。刺青を
入れたあの時、あの時私は一体何のために刺青を入れたのだろう。
今、私はこの刺青には意味があると自負出来る。私自身が、命を持
つために、私の龍と麒麟に目を入れるんだ。そう、龍と麒麟と一緒
に、私は命を持つ。
「飛んでいかねえかな」
シバさんは私の背中に針を刺しながら言った。
「飛んでっちゃうかもね」
私はクスクスと笑ってシバさんの顔を盗み見た。シバさんは、も
う私を犯せないかもしれないけれど、きっと私のことを大事にして
くれる。大丈夫。アマを殺したのがシバさんであっても、アマを犯
したのがシバさんであっても、大丈夫。龍と麒麟は眼を見開いて、
鏡越しに私を見つめていた。》
本作を絶讃した村上龍はこのくだりについて、次のように述べています。私もこれに付け加えることはありません。
《いったい何が「大丈夫」なのだろうか。わたしにはわからな
い。おそらく作者にもわからないし、ルイ本人にもわからない。世
界中の誰にも、わからないだろう。でも、「大丈夫」の他に言葉は
ない。ルイにも作者にも「大丈夫」という言葉しか思い浮かばな
い。このシーンのルイの心を表現する言葉をわたしたちは持ってい
ない。それは、言葉は不完全なものだからとか、人間は不完全な生
きものだからとか、そんな陳腐な理由ではない。わたしたちは、言
葉・理性・その他社会的なものを手に入れる過程で、それまでの本
能的な感覚や感情を脳の表層の下の奥深いところに押し込むことに
なった。もちろんそれらは消えたわけではない。ときどきそれらは
言葉や理性や社会的なものをいっさい押しのけて、その凶暴で美し
い姿を現し、わたしたちを震えるほど怯えさせたり歓喜の渦に引き
込んだりする。文学は物語の形を取り、物語の形を借りて、それら
を一瞬露わにして、わたしたちに自由の意味を問う。金原ひとみ
は、十九歳にしか書けない方法と文体を駆使して、この作品で見事
にそのことを示したのである。》(集英社文庫『蛇にピアス』解
説)
骨の中で暮らす

『蛇にピアス』とは対照的に、現代のごく平凡な日常風景を扱いながら、しかも静かな衝撃をもたらしたのが、村田紗耶香の『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日文庫)でしょう。
まずはその斬新なタイトルが、眼を惹きました。ことに筆者は、平成十六年(二〇〇四)十二月に新潮社を定年退職後は民俗学方面の研究に専念、その中心テーマは白山信仰の
「しろ」と聞くだけで何やら胸が騒いだものです。
《授業が終わると、私は鞄を抱えて学校を出た。
外はまだ明るくて、白と光の世界だった。
光の中で、私のすべての醜さが晒されていた。
いつの間にか私は走りだしていた。ちらりと振り返ると、頭蓋骨
のような校舎がこちらを見つめていた。走っても、走っても、白い
街は続いていた。
私は出口のない清潔な世界を駆け抜けていた。
教室にいるときと同じ、心臓を踏みつけられているような息苦し
さが、外に出れば出るほど強くなった。
残酷な光が、白い世界で、全て明るみにしてしまう。私は光にま
みれていた。
やがて、行き止まりのような巨大な壁の前でしゃがみこんだ。
ここまで走ってきたせいもあり、激しく咳き込んだ。視界が白で
埋まる。牢獄の壁の前で、囚人のように、白い壁を見上げた。
出口がない。黒い世界に沈んでも、外の世界へ走り出そうとして
も、私たちはこの白い世界へ引きずり戻される。
吐き気がこみ上げ、私は慌ててハンカチで口を押さえた。少しだ
け胃液が出たのか、ハンカチが湿った。
咳が止まると、私は自分自身を抱え込んだまま俯いた。あんなに
走ったのに、身体は冷たかった。冷えた肉体から水が出て、白い世
界に染み込んでいく。胃液と涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカ
チで拭った。》
主人公は、中学二年生の少女、
《私は私の言葉で世界を表現することを覚え始めていた。歩道の
隅でひからびているミミズの死骸は美しかったし、闇の中で咲き乱
れる花壇の花々は下劣で
私は、自分が骨の欠片になって、この街にゆっくり沈んでいくの
を感じていた。息苦しさはなくなっていた。その代わり、自分が呼
吸している感覚もなくなっていた。
皮膚の中では、死んでいる骨がただ、
私はゆらゆらと、夜の街を歩いた。伊吹とよく歩いた緑道には入
らなかった。住宅街から見下ろす緑道は、相変わらず、深い河のよ
うだった。》
ニュータウンのどこまでも無機的で均一な白い骨の街。そこに暮らすほんの少女に過ぎない結佳の苦しみは、目を背けたいほどなのに、『スプリットタン』のルナと同じくそれを全身で受け止めているのが健気です。
「いらっしゃいませー」と威勢よく叫ぶ、芥川賞受賞作『コンビニ人間』の主人公、古倉恵子は、この結佳の二十年後の姿でしょう。韓国の女性作家ハンガン(二〇二四年、ノーベル文学賞受賞)が『すべての、白いものたちの』(河出文庫)の中で、おくるみ、うぶぎ、しお、ゆき、こおり、つきと、女性らしい鋭敏な感性で、白への想いを愛おしく綴ったのと比べると、その違いに茫然となりますが、これが現代の空無で荒廃しきった日本の現実です。
- 著者略歴
- 前田速夫(まえだ・はやお)
一九四四年、福井県生まれ。東京大学文学部英米文学科卒業。一九六八年、新潮社入社。一九九五年から二〇〇三年まで文芸誌「新潮」の編集長を務める。一九八七年に白山信仰などの研究を目的に「白山の会」を結成。著書に『異界歴程』『余多歩き 菊池山哉の人と学問』(読売文学賞受賞)、『白の民俗学へ 白山信仰の謎を追って』『古典遊歴 見失われた異空間 を尋ねて』『「新しき村」の百年 〈愚者の園〉の真実』『海人族の古代史』『谷川健一と谷川雁 精神の空洞化に抗して』『老年の読書』など。
本連載と同時進行で「三田文学」に『対比列伝 作家の仕事場』を連載中。