高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
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上條陽子
山口晃vs佐々木豊
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'Round About

第57回 西村 亨

造形作家、西村亨は、自作を人形と呼び、これまでに3回の個展を開催している。1960年代70年代当時の風俗を切りとるように、たとえばアメリカ西海岸のありふれた町に舞台を借りて、そこにはつらつと暮らすさまざまな住人をコメディタッチに登場させる。さながら西村流アメリカン・グラフィティである。だがなぜアメリカなのか、また白人なのか。制作のきっかけから、作品の表面だけではわからないことまで明かしてもらった。

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原点はミリタリー・プラモ
●今のような人形を制作し始めたきっかけは何でしょうか?
西村:そもそも学生の頃に人形らしきオブジェは造っていました。その後、イラストレーターの仕事が多忙になったので、制作はしばらくの間していませんでした。そのうちにイラストの仕事がC.G.に押されて少なくなり、幸か不幸か余裕ができたので、自宅のインテリアにと6体ほど造ったのです。6年ぐらい前のことです。そしてそれをたまたま見た広告関係の方が大変気に入って、発表しないのはもったいないという話になり、私もまたこれを機に本腰を入れて造るようになりました。

●その原点となったものは何ですか?
西村:さかのぼってみると小学生の頃のプラモデル作りですね。とくに35分の1の兵隊に熱中しました。小さなものですが精密に塗装し、腕を熱で曲げたりしながらオリジナルのポーズに改造して遊んでいました。
 どうも私の脳味噌は一般的ではないらしく、子供の頃から言語よりビジュアル・イメージを記憶するのが得意だったようです。そして昔テレビで見たアメリカのホームドラマやヨーロッパ映画の擦りこみが今の作品のルーツと言えるでしょう。
 
飽食とエコのはざまで
西村:そしてその時代は何もかもが希望に満ちていて、みんなが明るい未来を信じていた黄金時代だったと思います。現在はエコロジー、省エネ、リサイクルなどが叫ばれて、それはそれで正しいとは思うのですが、あの頃、浴びるようにガソリンを使う車、食べたいだけ食べて残れば棄てるのが当たり前、デザインのみ優先で着心地は二の次のファッションなどなど、一瞬ふと懐かしく思うことがあります。エコ疲れした人達への一服の懐かしさというか、私の作品にはその辺をアイロニカルに表現したものもあります。あの黄金時代をもう一度という気持ちがある一方で、結局、物をたくさん買っても幸せにはならなかった。その結果が現在のこのざまですからね、複雑な気持ちもあります。だからちょっとした反骨精神もあるのかも知れません。
 
   
●失礼ながら危うく単純に、ドゥエイン・ハンソンやジョージ・シーガルのネガティブなもののとらえ方と正反対のとらえ方として西村さんの作品を見てしまうところでした。それは目です。閉じていない。伏し目でもなく、うつろでもない。だれもが、きりっと曇りのない目で上方を、水平線、地平線の彼方を見ている。背景にはさまざまな社会問題があったにしても、夢が不安を打ち消してくれていた時代なのでしょうね。アイロニーという言葉をここで初めてきいて、わだかまっていたものが晴れました。
西村:見に来てくれた人がその目に気がついて、どうしてみんな上向きの目線なのですかと質問してくるんです。これは希望目線なんです。つまり私の作品は表面上は全面肯定に映りますが、実は逆説なんです。一例をあげると、昔、イエローマジック・オーケストラが未来的な音楽をやりましたが、私はあれも逆説だと考えています。未来肯定のようであれは未来への絶望だったのだと思います。
 
人形=センスのかたまり
●さて、今回が3度目の個展になりますが、ご自分の中での印象はどう変化してきましたか?
西村:1回目では技術的に未熟なところがあり、イメージしていたものを十分に立体化できなかった面が課題として残りました。2回目ではかなり技術的に成長してイメージ通りのものもできるようになりました。技術的なことにおいても作品内容においてもいくつかの問題点がはっきりして、今回の出品作に生かすことができました。今回は等身大の上半身像、胸像を新しくラインナップに加えたことによって、作品の幅が広がったと思います。作品のコンセプト自体はまだ3回目ですから変化していません。これはおまけですが、ビートルズが「抱きしめたい」を発表したぐらいのインパクトを人形で実現したいと思っています。
 
●そうなるとますます今後の展開が気になります。
西村:今のところ、このまま60年代70年代のファッショナブル路線、物質文明黄金時代を、少しばかりアイロニカルに表現することを続けます。技法として異質素材のラメやスパンコールの使用も考えています。いろいろ新しさをとり入れながら今後も定期的に発表を続けていきたいと思います。
 それから会場でよく、なぜ白人以外は造らないのかときかれます。これにはまだ明確な答えはできないのですが、黒人で造りたいイメージがあります。まずはモータウン系の、シュープリームスみたいな三人娘を造ってみようかと思っています。まだもうひとつ究極の自分らしさが足りない、もっと出せるかなという地点にきていますので、今のコンセプトで走ったあと、いずれ発表できるでしょう。作品傾向はビートルズも三変化したしピカソも三変化した。何の根拠もないけれど、私には成功する人間は三変化するという信仰があるんです。究極の自分、自分のセンスのかたまりのような人形を目標に造っています。
 
●素材、制作工程は?
西村:スタイロホームを削って芯、原型を造る。アルミ線で重心などの補強をする。ラドールという銘柄の粘土を2、3ミリから2センチほど盛って表面を造形、形成する。アクリルガッシュで着彩するというものです。スタイロホームは発泡スチロールで、建材の断熱材です。建材屋から買っています。

●題材は欧米の60年代70年代スタイルを小気味よくとり込んでいますが、どこから引いてくるのでしょう?当時のファッション、モードにも関心がありそうですね?
西村:ファッションに詳しくはないですが、フィーリングでしょうね。昔の映画をビデオで観ていて衣装が面白いとストップしてスケッチします。また古い印刷物の広告を本や雑誌で見てさがす。またこれは中途半端な古さですが、オースティンパワーズなど、あの辺でリバイバルした髪型などを参考にすることもあります。
 ただし、いくらいいポーズを見つけてもバランスが取れないものもあって、どうしても限られてきます。強度を保つことができるポーズで考えなくてはなりません。ですから床磨きのモップだったり、電話をしながら何気なく手をついている台だったりと、意外なところにアルミが仕込まれて支えになっているものがあります。
 
 
無限の人形表現
●なぜ「人形」なのでしょう?
西村:実際のモデルを使わないから彫刻ではないのでしょうが、答えはわかりません。いずれにしても、人は大昔から土偶とか埴輪を造ってきているわけです。仏像は彫刻と呼ばれますがお地蔵さんもあります。これは人形と言えなくもない。子供の頃、女の子はバービーちゃんで男の子はG.I.ジョーという具合に、ほとんど本能的に抱いたり手にとって遊ぶわけです。だから絵画の表現方法が無限にあるように、人形の表現も無限にあるのではないかと思っています。答えは探求中です。
 ただそれが何であれ、こうして発表してみて驚くことがあるんです。見に来てくれた名前も知らない人に、エネルギーが出ているねと言われたりするんです。これは驚きでした。それは精一杯エネルギーを集中して造りますが、別に何かを込めようとして造っているわけでは全くなく、ただただクールにクールに造っているつもりなのです。自分の体臭は自分ではわからないようなものというのか、意表を突かれました。
 
●それは飛鳥の止利仏師であろうと平安の定朝であろうと鎌倉の慶派であろうと、熱心な仏教徒であったには違いありませんが、何も魂を込めようなどと念じて造ってはいなかったと思いますね。どう映ろうと目にした者側の問題です。でもそれが重要です。
西村:たぶん、ほぼ数学的にやっていたと思いますよ。やはり考えていることは、出来上がってからも、ここの角度はこうじゃないとかいうような反省箇所があったと思います。その前にみんなが拝んでしまっていて、あれは出来がよくないのにななどということもあったのじゃないかと思います。

●そこへいくと、作者名もない、含みなしに大量生産された街角に立つマネキンに見惚れてしまい、それこそ魂を奪われてしまうようなことがよくあるのですが、それにも近いのでしょうか?作為、無作為の問題というか。
 
 
西村:私もネットオークションで買おうかと思ったことがありました。目立とうとすると引いてしまう、失われてしまうものというのがありますね。クールめクールめにと持っていくと予期しない何かになるのかもしれないですね。

●話をおききしていて、この時代のキーワードはたびたび西村さんから出たクールなのだと気付かされました。酒池肉林の時代がありました。人間は懲りずに幾たびも、質は劣悪ですがまたそんな気配です。今、われわれを取り巻いているこの人形達が、あの「猿の惑星」のラストシーンのおしゃべり人形に重なっています。今日はありがとうございました。
西村:また見にきてください。ありがとうございました。
 
(2008.9.9.柴田悦子画廊個展会場にて 取材/常盤 茂)  
  西村 亨(にしむらとおる)
1961年 生まれる。鎌倉で育つ。
1981年 多摩美術大学 油画 入学
1985年 同         卒業
1985年 同大学院 入学
1986年 第二回日本オブジェ展 奨励賞受賞
1986年 第二回人形たち展 審査員特別賞受賞
1987年 同大学院 修了
1987年 (株)日本デザインセンター イラスト部 入社
1990年 以降フリーランスのイラストレーター

<個展>
2006年 初の個展(HBギャラリー)
2007年 第8回SICF展出展(スパイラル)
2007年 個展(柴田悦子画廊)
2008年 個展(柴田悦子画廊)