高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
園家誠二
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

小林孝亘氏
'Round About
第34回 小林孝亘

今年4月にオープンした横須賀美術館の開館記念展「<生きる>―現代作家9人のリアリティ」には、全幅5メートルを超える新作を含む9点を出品。ほぼ同時期に、日本橋・西村画廊で開催された個展には、初期の「潜水艦シリーズ」から人物の顔を描いた最新作まで、20点余りの作品が公開された。2つの会場において、描かれたモチーフの変遷を辿るとともに、作品の根底に潜む画家自身の深い精神性を一望させる。緩やかにつながっている自身の画業について、個展会場にて伺った

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●当初描かれていた潜水艦のモチーフは、どのように生まれたのですか?
小林:当時の状況と潜水艦のイメージが、自分の中でぴったり合ったんでしょうね。人との関わりを断ち切りたいという思いの中で、潜水艦というモチーフがものすごくリアルだったんです。
 大学を卒業してすぐに東京へ戻ってきたのですが、商業壁画などのアルバイトをしていました。結婚式場の天井に雲を描いたり、レストランの壁面に描いたり、クライアントの依頼に対して「描く」という技術を提供することで生活していたんです。しかも、限られた時間の中で期日には絶対に仕上げなければならなかったので、すごくきつかったですが、今思えば、描き切るということを身体で覚えた気がします。
 このままだと自分の絵を描けなくなってしまうんじゃないかと思って、人間関係を完全に断ってでも、絶対的に描く時間をつくろうとしました。そういう状況の中で、潜水艦というイメージが出てきました。
 満たされない部分を自分の絵を描くことで満たしていたんですよね。だから荒いタッチだったし、ガサガサっとした絵具の質感だったり、自分の絵に物質的な強さを求めていたところもあるんです。描きはじめてから丸3年間は作品を発表せずに、自分が納得できるところまで描いていました。



 
●その後の作品では雰囲気がガラッと変わりますね。
小林:8年間くらい潜水艦シリーズを描いていましたが、だんだんと物質的な強さから精神的な強さへと、自分自身の内面の変化に伴い絵も変化していきました。1990年くらいから、貸し画廊を中心に作品を発表しはじめるようになると、絵に対する自分の気持ちを分かってくれる人が少しずつ増えてきたんです。最初はとにかく自分の絵を描きたいという思いだけが強かったんですが、だんだんと人との関わりを遮断しようとする意識も弱まってきて、潜水艦も絶対的なモチーフではないと思い始めました。94年に描いた「River」が潜水艦シリーズの最後なんですが、その2,3年前から、自分の中ではある意味で、「潜水艦で表現したかったものはできた」と思えてはいたんです。でも、潜水艦を描かないと自分の絵じゃなくなるみたいな恐怖感はずっとありました。
   


●そういうところから、日常の風景へと視線が移ってきたのですか?
小林:
きっかけは95年に水戸芸術館で開催された「絵画考―器と物差し展」なんです。展示スペースとして四面が用意されていて、最後の潜水艦を一枚描いて、残りの三面は何か違うものを出品しようとだけ、まず決めたんです。
 いま振り返ってみると、あの頃に描きはじめた樹木や犬、門や塀などは潜水艦を描いていた当時から眼には入っていたんですよね。けれど潜水艦が取り除けずに、それらと合わせて潜水艦を描いていたような気がします。
 当時アトリエへは、住まいから40分くらい毎日歩いて通っていたんです。その道すがら眼にしていた風景が、ずっと感覚的に残っていたのです。「River」は、道の途中にあった親水公園が木漏れ日に包まれている情景と、潜水艦を組み合わせて描いたんです。潜水艦というイメージを意識的に消そうとしたときに、無意識に眺めていた日常の風景が見えてきたという感じですね。
 
●日常の風景を描かれるときに、なにか共通するものはあるのですか?
小林:たとえば水飲み場の情景を描いた「Water Fountain」などでも、辺りにそよいでいた風が枝葉を通りすぎて、木漏れ日が揺らいでいたんです。そのシーンをちらっと見た時、何かハッとするような、あるいはその一瞬に釘づけになってしまうような―。言葉には表わしずらいけれど、とてもリアルな感覚に満たされたんです。どこか悶々としていた気持ちが、一瞬ふっと晴れるような感覚―そういったものを描きたいと思ったのです。
 どうすれば表現できるのか考えたときに、そんな日常の中に曖昧に埋もれている一コマを具体的なシーンとして描くことで、自分が感じたのと同じ感覚を、画面を通して作品を観る人に感じてもらえるんじゃないかって思ったんです。言葉にはできないけれど何かがある、そういうところは今描いている絵にも通じるところだと思います。


 
●木漏れ日やテントの中の灯りなど、印象的な光を描いた作品も多いですね。
小林:
光のあるところには必ず影が生まれます。光と影、そういった相反する極端なものに惹かれるというよりも、その両極があって存在しているという、中間領域みたいな意識があるんです。たとえば、木漏れ日には光と影がたえず揺らめいているし、枕であれば起床と睡眠を繰り返し、やがては死に至る、という。あるいは「眠り」自体からも「死」を連想します。
 ある程度描きつづけてふと振り返ったときに、自分の描いている絵の中に、そういった要素があることが何となく分かってくるんです。犬のモチーフでも、野良犬と飼い犬、言ってみれば両極のものなのだけど、果たしてどちらが幸せなんだろうと考えていると、結局は僕自身も、やっぱり中間領域に存在しているんだなぁってあらためて思います。
 
●ちょうどその頃に、在外研修員としてタイへ行かれていますが、何故タイだったのですか?
小林:その頃には何となく、自分の絵の方向性みたいなものが見えはじめていて、現代の巨匠とか成熟した美術の土壌など環境的な要因じゃなくて、もっと自分の根源的な部分を動かしてくれるような場所に生活してみたかった。それがバンコクだったのです。
 住みはじめた当初は、とにかく楽しかったですね。バンコクという街がもつ面白さが、自分に絵を描かせてくれたような気がします。社会のシステムも日本に似ていますが、明らかに違った時間の感覚がある。やっぱりリラックスできるし、すごく集中できるんです。ゆったりと感じる時間の流れと光の強さ、それにタイ人の人懐っこさは、気持ちを楽にしてくれました。そういうところから自然に人と接する機会も増えていきました。そういった経験が、長い時間のなかで蓄積されて、僕自身の内面も少しずつ変わっていったと思うんです。それらが人を描こうという思いに自然と繋がっていったんだと思いますね。

 
   
   
●はじめは後ろ姿であったり、どこか瞑想するように眼を閉じた人物でした。
小林:水飲み場でも犬であっても、それはもののかたちを描きたいんじゃなくて、いま自分が感じている何か絶対的なもの―たとえばモノの存在を実感したときの自分の気持ち―を描きたい。それは人の顔を描いている今でも、基本的には変わっていません。
 ただ、描くということ自体がすごく主観的な行為なので、どうしてもせめぎ合いのようなものが生じます。できるだけそういった葛藤を絵に入れ込まないように客観的に描くようにしています。だから必ずしもモデルが必要ではないんです。とくに人の顔となると、モデルなど固有の顔を見ながら描いていると、結局はその人を描いていることになってしまう。まして眼を開いた顔になると、余計にその人の影響を受けてしまうのです。そういう意味で、眼を閉じている顔の方が表情を制御できるので、ある程度は「モノ」として見られるんです。
 
●眼を開いた人の顔になってきたのは2004年頃からでしょうか。
小林:ええ、だんだんと目を閉じた人ということが不自然に思えてきたんです。タイへ行ってから、人と接する機会が増えていったという蓄積のうえに、一昨年結婚したということもあって、絶対的に人と関わらざるを得ない生活になってきました。そのときに、ある意味で当たり前である目を開いた人の顔が、避けては通れないモチーフというか、それを描かずにはこの先絵は描けない、みたいなことを考えたんです。だから目を閉じた顔や、お皿や枕を描いたものと同じ絵を描くつもりで描きはじめたんですが、予想以上に「目」の影響というのがありましたね。自分が描いた絵であっても、その目を見ていると、さまざまな記憶やイメージが喚起されて、どうしても表情に流されてしまう。きれいな目鼻立ちには描けるのですが、余計なものばかりが見えてしまって肝心のところが見えてこない。だから納得のいく絵になるまでには、いつもの倍以上の時間がかかりました。
 
●「肝心なところ」とは?
小林:その時その時に感じた自分のリアルな感覚です。そんな自分でも捉えようが無いような抽象的な感覚を、具体的な目に見える形をきっかけにして描きたい。それが僕の場合、誰でも知っているような日常的なものなのです。
 それら感覚の中には、知識や経験によって覆い隠されてしまったものもあると思うんです。今はそれを自然に表に出していきたいと思っています。この先、どういうかたちで表面に出てくるのか、予測はできませんが、自分がどのように生きていくのかというところに跳ね返ってくるのだと思っています。
 
(2007.5.18 日本橋・西村画廊にて取材)  
  

 

 

 

小林孝亘(こばやし たかのぶ)
1960 東京都生まれ
1986 愛知県立芸術大学 美術学部油画科卒業
1989 個展 ギャラリーQ/東京(90,92年)
1993 ギャルリ・プス/東京(95年)、ギャルリ・伝+Floor 2/東京
1995 「第38回 安井賞展」セゾン美術館/東京
1995 「水戸アニュアル '95―器と物差し」水戸芸術館現代美術ギャラリー/茨城
1996 個展 西村画廊/東京(98,99,2002,03,04,06,07年)
1996 グループ展:97,98,2000〜06年
1996 「VOCA '96」奨励賞受賞 上野の森美術館/東京
1996 文化庁芸術家在外研修員としてタイ・バンコクに1年間滞在
1997 「Seventy Five Days」アジャン美術館、ロット・エ・ガロンヌ/フランス、
1997 スパイラルガーデン/東京
1998 「ACAF」/メルボルン・オーストラリア
1998 アートスコープ '98 ガスコーニュ・ジャパニーズ・アート・スカラシップとして、
1998 フランスのロット・エ・ガロンヌに3ヶ月滞在
1999 バンコクにアトリエを移す
1999 個展 ダイムラー・ベンツショウルーム/東京
1999 「金山平三賞記念美術展 今日の風景画の展望」佳作賞受賞 兵庫県立近代美術館/兵庫
2002 東京にアトリエを設ける
2003 「MOTアニュアル2003 days おだやかな日々」東京都現代美術館/東京
2003 「未来を担う美術家たち DOMANI・明日展 2003 文化庁芸術家在外研修の成果」
2003 損保ジャパン東郷青児美術館/東京
2004 「終わらない夏」目黒区美術館/東京
2005 「風景遊歩」丸亀市猪熊弦一郎現代美術館/香川
2006 「愉しき家」愛知県美術館/愛知
2007 「開館記念<生きる>展―現代作家9人のリアリティ」横須賀美術館/神奈川
2007 ほか、個展・グループ展多数。
現在、バンコクと東京を行き来しながら制作を続ける

●URL「Takanobu Kobayashi offcial web site」 http://www.mangost.gr.jp/kobayashi/

●Pubilc collection
国際交流基金/シラパコーン大学/広島市現代美術館/国立国際美術館/栃木県立美術館/群馬県立館林美術館/ダイムラー・クライスラー・ファウンデーション・イン・ジャパン/北海道立釧路芸術館/水戸芸術館/東京都現代美術館/大原美術館/高松市美術館
 
  
●information
「小林孝亘 潜水艦からポートレートまで 1989−2007」
2007.5.15(Tue.)〜2007.6.9(Sat.) 西村画廊
http://www.nishimura-gallery.com/
 
「開館記念<生きる>展―現代作家9人のリアリティ」
2007.4.28(Sat.)〜2007.7.16(Mon.) 横須賀美術館
http://www.yokosuka-moa.jp/