高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
坂崎重盛 新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
もぐら庵の一期一印
その18−「絵を描くという行為は、呪術なのではないか」
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  それぞれ岡村先生のコメントもついています。
 いやいや、ついつい、ワールドカップにうつつを抜かしていました。でも、今回のワールドカップ、日本は調子悪いし。南米予選からズ〜ッとひいきにして応援してた、断トツ優勝候補のブラジルは、フランスに負けてしまうし。ロナウドは走らないし。ジダンは頭突きで退場するし。マテラッツィは、オロカモノに違いないと思うし。その後、セリエAの八百長疑惑事件で、ACミラン(僕、ファンなんです)は大変なことになってしまっているし・・。
 ああ〜、もうっ!!最悪!!!。
 おまけに、外は雨ばかりで、洗濯物は乾かないし。日本中の主婦は、確実に機嫌が悪いし。もちろん、うちのカミサンの機嫌も最悪だし。雨に閉じ込められて、僕はゴキブリ亭主の威力を最大限に発揮してしまっているし。
 ともかく、悪いことばかりが続いている。この負の連鎖をどこかで断ち切らなければ!ならない。
 そうだ、今日のところはとりあえず、厳しい現実から眼を反らし、「人間(僕)は、なぜ絵を描くのか」というような、「象徴の森」的世界で盛り上がってみようじゃないか!
 
 僕はここ数年、久保田力先生の「象徴の森」という授業にオブザーバー的に参加させてもらっています。毎週木曜日の夕方、時々出席できない時もあるのですが、けっこう面白いので、密かに楽しみにしています。毎回、色々な分野の先生方がやってきては、色々な話をしてくれます。もともと僕は知らないことが多い人間なのですが、知らない世界を垣間見ることができるだけでも、この授業は本当にいつも新鮮な驚きで満ちあふれています。
 そして何よりも、ゲストの先生に、「へぇ〜、この先生、こんな事、してる人だったの!」と、驚くとともに、いつも廊下で挨拶はしているものの、本当の所はその先生の凄さを何にも知らなかった自分にも驚く、というか呆れています。
 
 ところで、ここに来て、僕自身、「象徴の森」の授業を受け続けた結果、驚くべき事に、作家として大きな影響を受けてしまっている自分自身に気が付いているのです。これは、久保田先生の影響が大きいという事は明白なのですが、実は僕、「絵を描くという行為は、呪術なのではないか」と考えるようになってしまったのです。これは、明らかに久保田先生が、いつか語っていた言葉と符合するものです。こんなところで、こんなふうに、作家としての転機を迎えるとは、いやはや、人生何があるかわかりません。
 それでは、話を真面目モードに切り替えて、一人の作家として、「絵を描くという行為は、呪術なのではないか」ということについて、少し語ろうと思います。
 

金子富之の妖怪画展より

展覧会の一場面
   

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