山本タカト 幻色のぞき窓
高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
坂崎重盛 粋人粋筆探訪
もぐら庵の一期一印
新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ 文・坂崎重盛


 
 
 昔の、ボーイズ系(といっても男子同士であれこれする同性愛コミックではありません)芸人の中で、高座でギターやアコーディオンを手にひととおり芸を披露すると
  ♪あんまりぃ長いのはお耳のお邪魔ですー、それではみなさん、さ、よ、お、な、
  ら──
 と唄って下がる、うーんと、あれは玉川カルテットでしたっけ、とにかく、そんな色物系グループがいました。
 それにならうわけではありませんが、この連載もひとまず最終回としたい。♪あんまりぃ長いのはおめめのお邪魔ですー、というわけです。
この口絵写真を目にして、迷わず即買いの1冊。舟橋聖一『風流抄』(昭和29年・文藝春秋新社刊)。それにしても、今日、こんな堂々たる(?)著者近影を許す作家います?ご本人の「ドヤ顔」も可愛い。
 この「粋人粋筆探訪」、今回で24回目。月2回の連載で、ちょうど1年間、自分で言うのも、なんですが、よくぞ1度も締め切りに遅れずに続けてこられました。
 月2回ですから、upした15日後には、次のupが待っている。入稿したすぐ後に次の回のテーマに取り組まなければならない。もう、アップアップです。他の仕事をする余裕がほとんどない。
 関連本を(「資料」とは言いたくない。道楽気分の作業なので)、あれこれ手にとり、場合によっては神保町をほっつき歩き、補充本をさがす。
 カバー絵や挿画をしっかり鑑賞、口絵もなおざりにしない。これは、と思う書影やビジュアルはカラーコピーに取って文の脇に添付する。
 そんなわけで毎回、締め切りギリギリの入稿。しかも申し訳ないいことに、ぼくは、いまだに原稿は手書き。だから、文字入力から図版の取り込み、全体のレイアウト等々、すべて担当の涛川さんの奮闘によって、なんとかクリアできた。
この人はねぇ。もう粋筆以外のなにものでもない。書かれた文章のほとんどは艶事。しかも絵心があって、その書画がまた粋。著作も数10冊と多いが、ぼくが初めて平山蘆江という名を知ったのは、この『東京おぼえ帳』(昭和27年・住吉書店刊)。   安藤鶴夫もそうだが、この正岡容を粋人というのには異論があるかも。間違いなく酔人ではあったが。容の著書のファンも多いが、ぼくの好きな出版社、あまとりあ社からの1冊『風流艶色寄席』(昭和30年刊)。
 この「粋人粋筆探訪」、もとはといえば、文源庫発行の月刊「遊歩人」で連載を開始した。しかし1年後、11回目が掲載された後、雑誌休刊ということにより、連載の場を、相澤社長のお声がかりにより、ここ、芸術新聞社の「アートアクセス」にシフトすることになったのだ。
 ところで、ぼくは、なぜ敗戦後の軟派系随筆をものした人々の「粋人粋筆」といった テーマに取り組もうと思ったのだろう。時代錯誤といえるかもしれないし。
 書かれていることは、いわゆる、お色気、ユーモア、エスプリ、雑学といったことがら。まあ、今日、ほとんど忘れ去られた世界。
 たとえば「お色気」。だれが、いまどきこんなものに食指を動かしますか。いまは、ご存知のように、ズバリそのものの即物的なエロ情報が氾濫している。
 ユーモアや笑いにしたって、ほのぼのとしたものなどは通用しないでしょう。ドギツく、ヒステリックなものがうける。
 クスッと笑いを誘うようなもの、思わず頬がゆるむようなオトナの笑いにはなかなか出会えない。
 たとえば小説雑誌などを手にしても、かつての雑文や埋め草、エッセーの載っていたお楽しみページ、いわゆるイエローページなど消え去ってしまった。
 ひょっとすると……そのようなページや文章の雰囲気、また、そこに原稿を寄せていた人士の風貌をリアルに思い出すことができるのは、ぼくら世代がギリギリかな、という思いもあったのかもしれません。
よく遊び、よく商売をし、よく書いた紀伊國屋書店のオーナーだった田辺茂一『わが町新宿』(昭和51年・サンケイ出版社刊)。田辺茂一の自分史であり、当然、紀伊國屋書店史であり、新宿史。   その田辺茂一とよく遊んだ立川談志『酔人・田辺茂一伝』(平成6年・講談社刊)。この本の中で、田辺茂一は地元の新宿では飲まなかった、と書いてありますが、ぼくは2丁目にあった美人のママの店で何度か会っています。
 奥野信太郎、池田弥三郎、徳川夢声、石黒敬七、岩田専太郎、近藤日出造といった粋人粋筆系の物書きの顔をおぼろにせよ思い浮かべることができるのは、テレビで力道山が空手チョップをふるっているのを手に汗にぎって見ていた世代までじゃないかしら。
 ぼくは戦後の、貧しい時代なのに(だからこそ、か)文化の香り、遊び心の気分の横溢する、粋人粋筆系の世界を一望してみたいなぁ、という思いを抱いていた。
 かなり前から、目にとまればポツポツと入手していたあれこれの粋筆本を、積ん読、買っ読のままではなく、ある程度のボリュームの時間を費やして、1ページ1ページ、ページを捲りたいと思っていた。
 この連載は、その永年の思いの実現である。
 連載を始めてすぐに、1回1回が、かなりの時間量、運動量が必要であることを痛感したが、それはそれ、こういうテーマに取り組んでいる自分の幸福に感謝しつつ、毎回の連載を心から楽しみ、励んだ。
 そして、ひとまずの最終回。ただし、積み残しの重要人物や著者は、まだまだある。(粋人粋筆といっていながら、この人を忘れちゃいませんか!)という指摘は百も承知である。
 そう、たとえば、東京恋慕の人・正岡容。花柳物と都々逸(街歌)の平山蘆江、風俗探訪物や女人随筆の文章も多い小説家・舟橋聖一。医師にも粋筆家は多く、たとえば式場隆三郎。
絵心といえば、この渋沢秀雄も玄人はだし。ただし、この『さんぽみち』(昭和27年・宝文館)の装画は、あの宮田重雄。この人には他に『散歩人生』(昭和51年・電波新聞社刊)という本もあり(本文中の挿画は本人)、この「散歩」のキーワードで入手。   ゴッホの紹介や山下清のプロデュースで知られた式場隆三郎。著者も多く、中でも『二笑亭綺譚』は奇書にして名著。一方、こういうお手軽な(?)本もあることが嬉しい。『処女のこゝろ』(昭和15年・鱒書房刊)。装丁は東郷青児。
好色噺と食通で知られた名バイブレーター、いや、バイプレーヤー金子信雄『好色十三月夜』(昭和57年・作品社刊)。装画はもちろん裸婦の大家・吉沢岩美。   そうそう雑学の大家・渡辺紳一郎がいました。「古典語典」もののベストセラーシリーズで知る人も。この『おとなのおとぎ話』(昭和38年・東峰書版刊)。挿画はもちろん棟方志功。
 芸能人の粋筆家としては金子信雄、柳屋三亀松、桜川ぴん助。余裕の隠居系としては渋沢栄一の子・絵筆も執る渋沢秀雄、変り種では紀伊國屋書店主・田辺茂一…。
 吉行淳之介や野坂昭如あるいは殿山泰司、吉村平吉といった面々は最初から入れるつもりはなかったが(時代的に)、他にもなぜ、この人を取り上げないのだ、という粋筆家も少なからずいるだろう。それらは、今後の楽しみ、宿題としておきたい。満喫、も結構でしょうが、腹八分目というのもこのような雑文にふさわしい終わり方かもしれない。
 粋人粋筆系の皆様、今後もちょいちょいお目にかかりに伺います。どうぞよろしく。
※当連載の「粋人粋筆探訪」は全篇加筆の上、来年春、芸術新聞社より刊行の予定です。お楽しみに。
坂崎重盛(さかざき・しげもり)
■略歴
東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』および弊社より刊行の『「絵のある」岩波文庫への招待』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。

全368ページ、挿画満載の『「絵のある」岩波文庫への招待』(2011年2月刊)は現在四刷となりました。ご愛読ありがとうございます。
ステッキ毎日
●これはまた!チェス仕込みステッキ●
 軒下を借りてのこの連載、元の借り主・重盛翁の「粋人粋筆探訪」が今回で店じまい、という。
 となると、こちらだけ居座るのもナンなので備蓄のステッキをかかえて撤退としよう。まぁ、ある程度のバリエーションは紹介できたと思うし。
 というわけで、締めの今回、それにふさわしい物件は……ん、あります、あります。
 これは日本で入手したステッキの中で、もっとも高かったものの1本。もちろん、仕込み系なのですが、なにが仕込まれているかというと──ありがちな、剣でもなければ、望遠鏡、コンパスの類でもない。ステッキバーのスキットルでもなければ傘でもない。
 チェスの遊具一式なのだ。
一見、きわめてシンプルなステッキのようだが、実は仕込みで
ヘッドの部分をクルクル回すと、おやっ!
 ぼくはチェス好きな、マルセル・デュシャンでもないし、ルイス・キャロルでもない。ハサミ将棋や碁ならべはできるけど、チェスのルールすら知らない。
 しかし、友人たちがぼくの本の出版記念会を開いてくれたときに、副賞(?)として、この、チェス・ステッキをプレゼントしてくれたのだ。
 これを購入した荻窪のステッキ店は、ぼくがときどき立ち寄っては値段もチェックしていたので、この、チェス・ステッキの値段もわかるというわけ。
軸の内側もう1本、筒が入っていて、巻かれたナメシ革のチェス盤と駒やサイコロが。
 


チェス盤を広げてみる。
 そういえば、あるとき銅版画家の山本容子さんにチェスの基本的ルールの説明を受けたことがある。ワインを飲みながらのことでもあって、ほとんどチンプンカンプンでしたが、説明を聞いているフリして、容子さんの美しい横顔を鑑賞していました。
 そうか、一念発起してチェスを覚えてみるか……。いやいや、下町場末育ちの半俳諧老人にチェスは似合わないか。
 と、すると、いただいたこの高価なステッキ、宝の持ちぐされ?
 
チェスの遊具一式のアップです。

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