山本タカト 幻色のぞき窓
高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
坂崎重盛 粋人粋筆探訪
もぐら庵の一期一印
新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ 文・坂崎重盛


 
 
 「文藝春秋」臨時増刊として1954年12月にスタートした「漫画讀本」、休刊に至るのが、70年9月、当初は隔月刊で、58年3月から月刊化したというから通巻169冊(?)。全冊大揃いがあったらすごいですね。古書市でいくらぐらいの値がつくのかしら。(バラならば300円〜500円、創刊号、終刊号などの特別号で1000円〜2000円。ただし、あれば、の話)
 こういう雑誌って意外と残らない。しかし手元のバックナンバーをなかなか手放せなかったファンはいるようで、時々、20冊、30冊、ドカンと古書店、いや古書店というような店には、マンガの古雑誌など置いてない、いわゆる町の古本屋さんか、サブカル系の店に現れる。
 ぼくも近所の古本屋さんで、この「漫画讀本」のバックナンバーを手に入れて、せっせと切り抜きを作っていたのだ。もう40年近く前のことになるだろう。
 切り抜きを作るくらいだから、本は処分してしまう。いま、この稿を書くにあたって手元にあるのは、創刊号、創刊2号そして終刊号を含めてちょうど20冊。すべて最近、あらためて入手したもの。
 これを刊行順に並べてながめていると、あることに気づいた。表紙の題字の扱いである。全巻チェックはとうてい無理なので、題字デザイン変更の時期は確定できないが、手元にあるものだけで見てみよう。
@創刊4号目(1955年5月号)の「漫画讀本」。ドカンと「文藝春秋」の題字が。「漫画讀本」はサブ扱い。(創刊号は前回、創刊2号は前々回紹介した) A創刊7号目(1955年11月号)となると「臨時増刊」が消えて「文藝春秋」と「漫画讀本」の扱いが同レベルに近づく。 B1958年11月号。もう「漫画讀本」の題字がメイン。
 @は創刊第4号(1955年5月)。創刊号から、ほぼこのデザイン。ご覧のように、とにかく「文藝春秋」の題字がドカンとある。そしてその右下に小さく、侍るように「臨時増刊」とあり、左側に、そこそこ大きな文字で「漫画讀本」とある。
 たしかに、これは「文藝春秋」の「臨時増刊」ですよ、という扱い。それがAの同じ年の7号(11月号)となると、おや!?「臨時増刊」が消えて「文藝春秋」と「漫画讀本」がほとんど同じ扱い。なるほど、「臨時増刊」として出してみたら、かなり好調、「臨増」じゃなく、一本立ちで行こう!という編集部の意気込みが感じられる。
 そしてBの58年11月号となると「文藝春秋」は小さく左上に退いて「漫画讀本」が逆に堂々と大きく地位を占める。
 以後「漫画讀本」のタイトルの文字デザインは落ちついてCDE(60年6月、62年1月、66年2月)のように、多少のバリエーションはあるものの定着する。
C1960年6月号「漫画讀本」のロゴも変わり、表紙はマンガから女性のピンナップ風に。 D1962年2月号。おや、この表紙の女性は浜美枝さんではないですか。 E1966年2月号。表紙デザインは和田誠さんや土屋耕一さん、篠山紀信さんのいた、あの、ライトパブリシテイ。
 しかし、まあ、どうしてこんなことが気になるのだろう。多分、その裏側に、雑誌づくりのさまざまなドラマを感じてしまうからかしら。
 ま、題字の扱いの推移はこのくらいにして、せっかくなので内容も見てみよう。これがスゴイんだなぁ。一冊手に取るだけで、あれこれ読みふけると、すぐに数時間はたってしまう。
 漫画作品だって内外の傑作満載。これをいちいち紹介していたら、ある号一冊について語るだけで、ひょっとして一冊の本が書けてしまったりして。いや、本当の話。
 ザッと流すしかない。ともかく創刊4号(55年5月号)を見てみる。(前回、創刊号は紹介)
 巻頭カラーが近藤日出造の「教育直誤」。文の筆もよく立つ日出造ならではの諷刺も笑わせるが、それにしても達者な線ですねぇ。
 これに続く巻頭モノクロページは「漫画讀本」誌上でおなじみの、ヴァージル・F・パーチの「女─この野蛮なるもの」。10ページにおよぶ「小特集」扱い。お値打ちです。
創刊4号の近藤日出造による「教育直誤」。もちろん「教育勅語」のパロディー。傷痍軍人がいるところや、子供がタバコをくわえているところが、いかにも戦後。
 本文扉に、おや「社告」がある。「本誌は「英国パンチ社」と特約致しました」に始まる告知だ。
 「パンチ誌」についてはここではふれない(本文中には浦松佐美太郎による『英国「パンチ誌」の歴史』の一文がある)。「漫画讀本」の「パンチ誌」との特約は、日本の知的娯楽雑誌が「ニューヨーカー」と特約したようなものかしら。とにかく鼻高々の感じはある。
 この「社告」との関連もあるのだろう、扉裏のページから伊藤逸平による「海外漫画発達史」。ドーミエからロートレック、そしてグロスから現代アメリカ漫画への紹介文。これが10ページ。
 うーむスタインベルグも登場か。日本の漫画家にも大きな影響を与えた漫画(芸術家)だ。たまらないですね。これが9ページ。
 加えて、B6判とじ込みで「フランス漫画傑作選─新着封切─」14ページ。
 もちろん、常連の日本の漫画家の作品も。清水崑、杉浦幸雄、横山泰三、岡部冬彦、南部正太郎、横山隆一などなど。
創刊4号掲載のスタインベルグ。日本の漫画家・イラストレーターに大きな影響を与えた。
 先に進もう。68年の11月号を手に取る。
 なるほど、超縦なが(4ページ半ほど)の、「マンガスコープ・うすものの魅力」と題してセクシーなピンナップガールがカラーで。写真は、かの秋山庄太郎。
 本文は創刊号からのメンバーに、久里洋二、長新太、佃公彦といった新しい才能が参加している。
 文字ページの充実が見られ、富田英三、近藤日出造が変わらぬ健筆をふるう他に、沢村貞子、山本嘉次郎、大井廣介の名が登場。
 おや、おや、おや!今日も熱烈なファンのいる私小説家・川崎長太郎が文章を寄せている。しかもタイトルが『「抹香町」その後』ですからね。
 その一部を紹介します。
   遠いところに、思う女がいる訳でもなく、手近な場所にこごと云うだけでもない
  よりましな女房が控える訳でもなく、えてして日夜ひとり身かこち顔の私は、名乗
  りも上げず飛びこんできた女の容貌に、先ず食指動くようであった。大柄な、上背
  五尺三寸からあって体重も十五貫を上廻る、胴長ながら四肢ののびのびした体に、
  草色のワンピース纏い、おかッぱ頭の前髪垂らして額の上半分かくし、眉の濃くな
  まめかしい二重瞼で切れ長の目もと、すっと尖った高い鼻、彩った口もとにもしま
  りがあり、造作の大きな円い顔立ち、全体都会の埃にまみれたようで、始めて見た
  眼には結構当世風な女性の一人に数えられそうであった。
 って、長太郎さん、さすが情痴的(?)私小説家、女性のあれこれ細部まで観察していますねぇ──などといっていたら、もうスペースが……。次回、もう1回だけ「漫画讀本」の続きを。
(次回の更新は1月31日の予定です。)
坂崎重盛(さかざき・しげもり)
■略歴
東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』および弊社より刊行の『「絵のある」岩波文庫への招待』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。

全368ページ、挿画満載の『「絵のある」岩波文庫への招待』(2011年2月刊)は現在四刷となりました。ご愛読ありがとうございます。
ステッキ毎日
●望遠鏡付きステッキ●
   高いんですよねぇ。日本で買うと、ステッキという物体が。
 介護用はともかく、洒落や、私のようにワザトラシイ嫌がらせで手にするステッキは、今日の日本社会にそぐわないのか数もバリエーションも、イタリア、スペイン、あるいは中国と比べるとぐんと少ないし、値段もバカ高い。
 だから海外に出たとき、必死になって、心当たりをさがし、ステッキ入手に血道をあげる。
 獲得した戦利品を後生大事に機内に持ち込み帰国するわけで、その一本一本に、その旅の、その国の、その町の、その店の、その店員の、思い出がまとわりついている。
 ぼくにとっては一本一本が大切なステッキなのだが、このごろ腰を痛める友人が多く、泣く泣く貸与(永久?)することになる。
 中には「何十本もあるんだから一本ぐらいいいでしょ」、と軽く言うご仁もあるけど、コレクターの心理を知りませんねぇ、一本一本に、かけがえのない思い出があるんですよ。
 とか愚痴を言いつつも、こちらから「使ってみる? これはどう?」なんて、墓穴を掘る場合もあるが、それは余程のこと。「愛」なくしてはねぇ。
 というわけで、在庫がどんどん少なくなる。背に腹はかえられず、「こうなったら日本ででも」と、手に入れたのが、この、またしても望遠鏡(スコープ)が仕込まれたステッキ。
 しかも、ご覧のように三本に取りはずしができて、キャンバスの袋付き。
 けっこう気に入っている物件です。でも、ヘッドがブロンズで、冬は手袋をしないと、またしても冷たくて、手にする気にはなれないのです。
金色の部分が、ヘッドと仕込みのスコープ。
このようなかたちでキャンバス地の袋に入っています。

© Copyright Geijutsu Shinbunsha.All rights reserved.