山本タカト 幻色のぞき窓
高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
坂崎重盛 粋人粋筆探訪
もぐら庵の一期一印
新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ 文・坂崎重盛


 
 
 ここ何回か、大佛次郎と須貝正義が雑誌づくりに苦楽を共にした戦後版「苦楽」をとりあげてきたが、大正末創刊の第一次「苦楽」でデビューし、戦後版でも大佛次郎作品の挿画他で活躍した岩田専太郎の粋筆にもふれた。
 で、この流れとなると……今回は、戦後版「苦楽」にフランス仕込みの粋筆を寄せ、岩田専太郎同様、自らの女性遍歴を『他言無用』と題して本をだしている画家・東郷青児にしようかと思ったが、例によって気が変わる。
 戦後「苦楽」の廃刊から5年ほど後、「苦楽」の色ページに海外からの漫画作品とエロ味を加え、ボリュームもぐんと増した雑誌が登場する。
 「漫画讀本」だ。
 敗戦後から約10年、1954年12月の創刊というから、創刊時のこの雑誌とは、リアルタイムでは接していないが、休刊が1970年、とすると、ぼくも28歳、当然この間では書店で手にしている。
 でも、「漫画讀本」のページを集中的にチェックし、これはという作品を切り抜き、ファイルしたのは、古本屋に積まれたバックナンバーをまとめ買いしてのことである。
 二十代のころから「階段」「鏡」「影」「帽子」「ステッキ」といったモノや空間のイメージに興味があったので、これらに関わる主に一枚ものの漫画を、ウキウキせっせと切り抜いていた。
 とくに外国人漫画家によるカートゥーンは、モノや空間の隠れたイメージをあぶりだすのには絶好の傍証拠物件となる。
 と、もう一つ。敗戦から復興へむかう、東京という町や風俗の記録を、この「漫画讀本」によってファイリングしようと思ったのである。
 さらに、ついでにもう一つ、戦後すぐあとの漫画作品における天皇家の描かれかた……これは今日見ると、かなりびっくりする。「人間天皇」とそのご皇室の情景が、いいんですかぁ、こんなふうに描いてしまって、というくらい遠慮会釈なく、マンガチックに(漫画ですから)描かれている。これは一つのテーマになるかもしれないと、これも切り抜きをつくった。
 ということで、今回は、個人的にもいろいろご恩のある名雑誌、「漫画讀本」をチラッと見てみたい。

昭和30年2月発行の「漫画讀本 2」の表紙。絵は政治諷刺マンガで名を上げた横山泰三(隆一の弟)。絵柄はどうやら、「陣笠議員」の選挙戦の後のようだ。このマンガ家、ときどきオチのわかりにくり作品を描くクセがあった。
 手元にあるバックナンバーを手にとる。本のロゴは「文藝春秋」がドーンと大きく、その下に小さく「臨時増刊 漫画讀本 2」とある。
 表示のとおり「漫画讀本」は、雑誌「文藝春秋」の「臨時増刊」として世に出た。
 雑誌の世界ではよくあることで、たとえば女性誌「anan」は最初、「平凡パンチ」の増刊号として出されたはず。いわばテスト版ですね。これで反応がよければ定期刊行物化する。
 「漫画讀本」も「文藝春秋」の「臨時増刊」として誕生した。残念ながら、その第1号は持っていない。すでに記したように、いま手にしているのは1955年1月の創刊2号目。
 表紙は横山泰三。横山隆一の弟にして、前衛的風刺派漫画家として名を成していた。
 目次は、こちらもカッパもので人気の漫画家・清水崑。
創刊2号目の目次。文章ページより漫画のページが圧倒的に多い。文章ページにも六浦光雄、和田義三、富田英三、近藤日出造といった漫画家の名が見える。また、この雑誌の新機軸、外国漫画家も豊富に揃えた。
 本文のページを開くと、横山泰三「内閣変遷史」、横山隆一「大東亜選挙戦」、また長谷川町子、加藤芳郎、荻原賢次、秋好馨、横山隆一らによる「自選漫画傑作集」。「のらくろ」の田河水泡、「あんみつ姫」の倉金章介の名も見える。
 海外漫画もふんだんに掲載され、(「漫画讀本」は海外漫画の紹介において甚大な功績あり)憧れのアメリカ家庭を知ることができたベストセラー、チックヤングの「ブロンディ」や今日もマニアックなファンがいる「アダムスファミリー」のチャールズ・アダムスの「幽霊一家」が登場している。
 また、読み物として、タイム誌からの「ミッキー・マウス物語」──世界の漫画王ウォルト・ディズニーの秘密と小鼠ミッキーの生い立ち──が転載されている。(この中で、なんと、あのサルバドール・ダリがディズニーのもとで働いていたことにもふれている)
巻頭カラー頁を飾るのは横山隆一の「大東亜選挙戦」。人気シリーズ「フクちゃん」とはまた別の画風で諷刺漫画を描いている。   創刊2号目で紹介される外国漫画の中から。W・スティグ(ぼくはこの漫画家の名を知らない)の「華やかな夢」と題する「子供の奔放な空想を美しい夢のつばさにのせて描いた」(紹介文より)作品。絵は達者だが、ちょっとヒネリが……。いや、そこがいいのかも?
 粋筆系では、富田英三の画と文による横浜・伊勢佐木町の駐留軍の兵士が集った名物店「根岸屋」をルポした「寝とられたヨコハマ」、和田義三の画文「亀戸の老人天国」が戦後の風俗記事として貴重。とくに「亀戸の老人天国」では、この時期、東京の下町の亀戸天神裏に温泉ができたことが知れる。
 もともと、この地域は天然ガスが出ていて、なまあたたかい水も湧きでていたという。
 うーん、この雑誌が出たのが昭和30年1月、ということはぼくが12歳のころ。亀戸天神は家から自転車で15分か20分。でも、亀戸に温泉があったなんて知らなかったなぁ。家族の話題にも出なかったし。
 もっとも、この亀戸天神裏あたり、当時は、いわゆる三業地で、さらにその周辺には70軒の「アイマイ屋」があったというから、家族の話題としてはふさわしくなかったのかもしれない。この「漫画讀本」のバックナンバーで初めて知った。
 こんなことがあるから古雑誌の拾い読みはやめられない。
 次回も、以降の「漫画讀本」をとりあげる。復興から経済成長への戦後日本の姿と、新しい粋筆系の姿をのぞいてみることにしよう。
(次回は1月1日更新の予定)
坂崎重盛(さかざき・しげもり)
■略歴
東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』および弊社より刊行の『「絵のある」岩波文庫への招待』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。

全368ページ、挿画満載の『「絵のある」岩波文庫への招待』(2011年2月刊)は現在四刷となりました。ご愛読ありがとうございます。
ステッキ毎日
●方磁石付きステッキ●
   「捨月翁、来月空いてる? 夏休みあるんだろ」
A氏からの電話。
 「空いてる?って、何か?」
 「いや、オックスフォードに行かない?10日間ぐらい」
 「えっ、いきなりイギリスですか。ラテンは好きだけど英米は、あんまりねぇ、英語しゃべれなし」
 「いいよぅ、イギリスの田園風景。それに宿はオックスフォード大学のゲストルームに泊まれんだよ」
 「そうかぁ、田園風景ね。そうね、行きましょう。10日間のスケジュール空けましょう。入っているのは、ほとんど遊びの予定だけだから」
 (この機会にキューガーデン他イギリス庭園を見に行くか、ついでに、あちらはアンティークの本場、珍しいステッキがあるかも…。それとドーバー海峡までオリエント急行に乗ってみるのも一興かもしれない)と3、4秒で決断、即答。旅費は義理で積み立ててきた信用金庫の分を解約してしまえ。
 ということで、かの地の旅の途中でみつけたステッキの一本が、このブロンズ製方磁石(コンパス)付ステッキ。
 なぜ磁石がステッキの柄についているかというと、私のように方向音痴の人間がいるからですね。ただねぇ、コンパスに頼りながらの散歩というのはどうなんでしょう?
 つまりは機能を気どったアクセサリー。
 この方磁石付ステッキは前にも一度、セブ島のショップで見かけた。欲しかったのだがガラスにヒビが入っていたので、あきらめたことがあります。
 何年かぶりかで、ついにこのスタイルのステッキを入手。なんとなくリベンジを果たした気分。
 に、してもブロンズの色、光沢、好きです。けっこう、ひいきにしている一本。
なにやらビミョーなブロンズの柄がついている。   ふたをあけると、精妙な方磁石(コンパス)なのでした。

© Copyright Geijutsu Shinbunsha.All rights reserved.