レプリカ



 「レプリカカスタムシリーズ」の基準となった作品は1998年『レプリカ』です。
 制作のきっかけはゼクセル(現在はボッシュ株式会社)というエンジン部品を製造する企業からの作品展示の依頼でした。その展示スペースは六本木通りに面しており、大きなガラス越しに通行人から良く見えます。

 当初は1997年に発表した大きな馬の形をした作品『螺王』を展示しないか、と打診があったのですが、エンジン部品のメーカーで展示するのはどうもしっくりきません。歩道からウィンドウ越しに見て「ふーん、彫刻作品展ね」と素通りされるのも癪です。どうにかしてギャラリースペースにお客さんを引き込む方法はないものかと考えたところ……、いいヒントがありました。
 銀座4丁目の日産ショールームです。
そこは、歩道からよく見えるようにピカピカに磨き込んだ新型車が入れ替わり展示してあり、買う予定が無い自分でも中に入ってしまえる敷居の低さがあります。時折コンセプトカーやクラッシックな車両を展示することもあり、銀座へ行った時は必ずと言っていいくらい入る場所です。

「あそこに車の様な彫刻を置いたらどう見えるだろう?」

 例えば魚屋で売っているイワシを理科室で見てみたり、渋谷のハチ公像を(元々は彫刻作品なのですが)美術館に展示してみたり、等々。想像してみるだけでも、場所によってモノの見え方や価値が変わってしまうことがお分かりでしょう。

 アート界にもそれをやってのけた男がいました。便器を美術館で展示……そうです! マルセル・デュシャンです。1917年にデュシャンは、どこにでもある普通の男性用小便器にサインをし、『泉』というタイトルを付け美術展に出品しました。実際には美術作品と見なされず展示は叶いませんでしたが、のちに彼は「そのオブジェについて新しい思考を創造した」とまで言っています。

 この場所に最も適した作品、というか、ここでしか生まれ得ない作品を創ろうと発想し、「この会社(ゼクセル)で作られたエンジンを積んだ世界最速のジェット機」という設定で彫刻を創ることにしました。日産のショールームに映画『バットマン』に登場するバットモービルが展示してあるようなイメージ、言うならばデュシャンの『泉』へのオマージュです。となると、創作のポイントは「本物と偽物」、「彫刻作品らしくないもの」。肩書きやお墨付きによってモノの見え方が変わり、価値まで逆転してしまうという実験、となりました。

 ほんらい本物など無い「ゼクセル社製のエンジンを積んだジェット機」ですが、機体のスケールや材質感などは、本物に似せて創る必要があるのでリアリティーが不可欠です。また、一見して彫刻作品だと分かってしまうようでは失敗ですから、手の痕跡は極力残さず、工業製品のような仕上がりに創り込みました。ハンドメイドの偽レディーメイドです。

 そして、自分が考える「世界最速のジェット機」の形状を創る為には、「速そう」なイメージを多く知る必要があります。幸いにして当時は人類が音速を超えてからちょうど半世紀。書店にはそれ関連の音速ジェット機の資料となる本がたくさんありました。それらを片っ端から入手して、穴の開くほど“熟読”(スペックやヒストリーにはあまり興味がなく、本当は“熟視”)して参考にしたのは「SR‐71ブラックバード」。アメリカ製のマッハ3を超える超音速偵察機です。外見は「速そう」を通り越して「美しい」も置き去りに、もはや「すげー」フォルムです。ジェットエンジンの先端に突き出たスパイクコーンの格好良さといったら……。

 もう一つ、フランスのルネ・レデュック社製の「010」、「021」という機体。これは機体全体がジェットエンジンになっていて、ダクトに翼がついた姿がなんともワイルドなデザインです。『マグマ大使』のロケット形態に似た丸みを帯びたラインが制作欲をそそります。飛行機にあまり詳しくない自分でしたが、数ヶ月の内にかなりの情報を仕入れてちょっとした戦闘機マニアです。
 「SR‐71」では本来2基搭載されているジェットエンジンの外側にさらに2基のエンジンを加え、「010」、「021」よろしくボディーの先端にもエンジンを搭載し、リアルサイズに見える様にコックピットの無い無人設定のデザインにアレンジしました。

 とまぁ、デザインするのは簡単ですが、ここから想像を絶する制作がはじまるのです。制作工程についてここでは細かく触れませんが、工業製品のような大型彫刻を作るのはもちろん初めて。当時の制作場所は東京・立川にある広い倉庫でしたが10人近くでシェアしていた為アトリエだけでは収まらず、別棟の作品保管庫を使用させてもらっており、なんとなく肩身が狭かったのをおぼえています。
 FRP作業もよく分かりません。しかし理想とする形ははっきりイメージ出来ている上、やる気満々です。見切り発車のようなかたちであっても制作をスタートさせない訳にはいかないでしょう。(この時点では、作品重量のこと、運搬、搬入でネックになる分割サイズの事、展示が終わった後の保管のことなどは一切考えていないことも付け加えておきます。)完成させた後つくづく思うのですが、「つくるのが大好き人間」としては、途中「完成させるぞ!」という盲目なまでの信念と言いますか、熱意が自分を支配してしまうのか、冷静に状況を分析・判断することは難しくなってしまうようです。

 以前何かで見たアンケートに「『お風呂に浸かった時、することは?』①考え事 ②マッサージ ③何もしない」、というものがありました。普段何をしているのか自分でもよく分からなかったので実証してみたところ、答えは断然「③何もしない」でした。からだ全体がお湯に包まれる気持ち良さに脳みそが勝てず、何を考えようにも薄らボンヤリしてしまいます。それと似た様な現象が制作途中にもあるようです。からだ全体を使って創ることの快感に思考が追いつかず、創ること自体に酔ってしまう。だからこそ冷静になれるエスキース段階の考察が重要で、たっぷりと下準備に時間をかける必要があります。逆に途中、ちょっとでも「で?」と思ってしまうと制作の手が止まってしまうので、ちょうど良いのかもしれませんが(過度の肉体疲労とシンナーのお陰でもあるような……)。

 デザインは「SR‐71」と「010」のカスタムといったところですが、作品名は『レプリカ』です。レプリカとは通常、オリジナルにそって忠実に作られた複製品とされていますが、これにあえて「レプリカ」という固有名詞を付け、オリジナルの彫刻作品タイトルとしました。この展覧会をオーガナイズしてくれた村田真さんはレビューに上手いことを書いてくださいました。

 イデアの模倣としてのオリジナルがなく、「レプリカ」自体がイデアの直接的な模倣、すなわちオリジナルであるということだ。実にややこしいが、「レプリカ」にはオリジナルがなく、「レプリカ」がオリジナルなのである。
(「新製品『レプリカ』誕生!」村田真 1998年「ゼクセルセレクション1 中村哲也『レプリカ』」)

 六本木通りを歩く人がウィンドウ越しに展示スペースを見、「作品(彫刻)」だと気付かないまま中へ誘導され、キャプションの『レプリカ』を見て、何かのレプリカだと思う。これがこの作品展示の成功です。
 この試みが「オブジェについて新しい思考を創造した」かどうかは分かりませんが、この後続く「レプリカカスタムシリーズ」のカスタムベースとしても、当時最速のオレ流モデルが完成したのです。