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壁画家 松井エイコ 壁画の道を歩み続ける 第2回 はじめての自立へ
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北海道士別市ふれあいの道公園壁画「未来を拓く四つの力」(ガラスモザイク W30×H3.1m 1997年 夜景)
写真・加藤嘉六
はじめての自立へ

松井エイコ 「姉さん」
 その声に振り向くと、そこにいたのは、背中に金の龍の縫い取りのあるガクラン、リーゼントにつっかけサンダルの少年。
 「姉さん、不良は描かねえの?」
 まっすぐな目がそこにあった。
 私はその目に、答える。
 「不良とか、そういうことじゃなく、人間には『優しい』とか『寂しい』とか、いろいろあるよね。私はそういう人間の中にあるものを、ひっぱり出して、人間の形にして描いているんだ。」
 すると彼は、長い間、壁画を見つめた後、壁画の群像の中の、一人の人間を指さし、言った。
 「じゃあ、俺は、アイツだよ。」

 私は「十代の人間の内面の世界」を自由の森学園の壁画に、描こうとしていた。
 4壁面のうち最初の壁画は、自分自身の十代の時に、深く感じたことを、探りながら描いていった。私自身の14才の頃は、自我の出発の時だった。「自分がこれからどう生きていくのか」を考え始め、自分らしい好きなことを選んで、生きていきたいと願うのに、一つのことに決められず、一日、一日が重たい時間となり、苦しかった。でもそれは、自分の人生にとって、大切な時間だった。
 その時の自分の内面を確かめながら、壁面の中心に、「歩み始めようとする人間」を描いた。手も足も、ぎこちないが、必死に歩こうとする姿。その周りには、自分の道が見つからず、悩む姿や、迷う姿をも描いていった。手や足の指、一本一本にも全身の力が入っている人間の形だ。一人一人の内面の違いを、色でも追求しようと、それぞれの人間に違う色を、透明なアクリル絵の具で、何層も塗り重ねる。中心の人間の色が、最も時間がかかった。様々な色を塗っても、どの色も自分が14才の時に感じた気持ちにならない。薄く白を重ねた時、初めて内面が表れた。


松井エイコ 松井エイコ

 その壁画に向かって、ある日、高2の生徒が言ってくれた。
 「この白い色の人間、去年の私と同じだよ。この白の中には、いろいろな色が入っているよね。自分の中に、いろんな色の可能性を持っているんだ。でも、どの色になっていいかわからない。不安なんだ。」

 半年以上をかけて完成した1作目の壁画の題名を私は、「はじめての自立へ」
(6m×2.6m 1985年)とした。

松井エイコ


松井エイコ 2作目の壁画は、この学校に希望を求めてやってくる、子どもたちの内面を表したかった。
 自由の森学園中学校・高校は、生徒に点数をつけず、一人一人の個性を育て、「自由と自立への教育」という理想をめざしている。
 私自身も子どもの頃に「生徒一人一人の個性を育てる」ことをめざした学校で育った。そして「人間一人一人は、他の人とくらべることのできない、可能性をもっている」ということが、私の生きる根幹になっている。
 そんな私は、14才の頃に自分らしさを求め、苦しんだ時間の後、15才になった時、未来へ向かって生きていくのに、「好きな絵」を選ぶことができた。
 十代の時の私と同じように、この学校で学ぶ子どもたちも、未来に自分の可能性を求めている。その内面を壁画に表そうとした。
 壁面中心には、全身で手足を広げ、上の方に向かって、何かを求める人間の姿を描いた。手も足も広げる人間の形は、空間の中に浮かぶ造形になる。その周りにも、空間を泳ぐように身体中を動かし、求める姿を描く。空間に浮かぶと、人間の形は自由になり、勢いを持っていった。下の方には、まだ、手を広げられず、かがんでいたり、座りこんでいる人間も、共に描いた。

松井エイコ松井エイコ

 ある時、高1の少女が、壁画の中のかがみこんでいる人間を指さし、言った。
「今の私はね、この人と同じ。でも本当は、あの人みたいなエネルギーがほしい」
 と、手足を広げる人を指さした。

 2作目「未来への広がりを求めて」(6m×2.6m 1986年)は、9ヶ月をかけて、完成した。

松井エイコ

 2作目を描いている間に、私は壁画の中の人間一人一人が、いとおしくなっていくのを感じていた。1年以上通う学校で、出会い続けた生徒たち。壁画の人物に向かって、自分自身の内面を重ねあわせる十代の人間たちが、私の中に刻まれていた。「これは、あの子のあの時の目だ。この顔は、アイツみたいだ。」
 熱い思いが湧きあがり、「今、ここに生きている、十代の子どもたちが、本当に望んでいること」を壁画にしなければと、感じた。

 最後に創った壁画は「これからに向かう時」(6m×2.6m 1987年)という題名だ。
 人間一人一人が、それぞれ、自分が向かいたいと思う方向を見据えている姿を描いた。目を閉じている人も、心の内で、自分の未来を見つめている。どの人間の手も足も、顔も、はっきりと意志を表している。中央の人は、そんな人間一人一人を抱きとめようとする形となった。そして一人一人が自分のいる場所から、光を浴びているように、少しずつ、少しずつ、光を感じる淡い透明な黄色を、重ねていった。

 「全部の中で、この壁画が一番好き」と、生徒たちは言ってくれた。学校で一番の「ワル」といわれた少年も、この壁画の中に、どうしても自分の姿を描いてほしいと懇願してきた。
 この壁画にこめた「理想に向かって生きる」ということを、十代の人間たちは、なくてはならないものとして、自分のものにしようとしていた。

 自由の森学園での2年半の中で、私は「壁画というのは、そこに生きる人たちが、本当に願っていることを見つけ、それを壁に刻んでいく仕事なのだ」と、つかみとった。その時、私は30才だった。

松井エイコ
松井エイコ
松井エイコ

松井エイコ

(次回に続く)
※自由の森学園壁画の撮影は、当時、自由の森学園・写真部の高校生だった、岡田啓希さん

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松井エイコ(壁画家)

1957年
1982年
1983年




1989年
1994年
1997年
2002年〜
2006年
2007年〜

東京に生まれる。
武蔵野美術大学油絵科卒業。
壁画家として出発。
公共施設を中心に「人間」をテーマとする壁画、モニュメント、
ステンドグラス、レリーフ、緞帳、を創作。
ガラス、金属、陶板、織物、タイル等、多様な素材を使用。
全国各地で壁画展開催(20回)
中国北京国立中央美術学院にて個展開催(中国主催)
国際モザイク展出品
建築家倶楽部主催「松井エイコ壁画の世界展とフォーラム」開催
フランス、ベトナムなどで講師をつとめ、日本各地で講演活動
ドイツにて講演、
アメリカにて病院の壁画プロジェクトに取り組む。

主な作品
北海道士別市ふれあいの道公園、沖縄くすぬち平和文化館、埼玉県蕨市民会館
東京都三鷹市高齢者センター、新潟県与板町立与板中学校、茨城県水戸市斎場
岡山市西大寺福祉センター、茨城県農業総合センター、静岡県富士市・幼稚園
常磐大学、大阪産業創造館、愛媛県松山市・幼稚園、北海道中富良野保育園
京都・立命館小学校、等の壁画やモニュメント他、130余作。

著書 「都市環境デザインへの提言」(日刊建設工業新聞社刊・共著)、エッセイ多数、
    童心社刊・紙芝居「二度と」「かずとかたちのファンタジー全5巻」

日本建築美術工芸協会会員、建築家倶楽部会員、士別市ふるさと大使


 松井エイコ写真・加藤嘉六(かとうかろく)