高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.10

愛知万博に見る書表現
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
前回より続き≫
 間は前後するが、オレンジホール内の集合場所にいったん整列してからブースに向かう途次の半屋外空間において、外壁に垂れ幕状に懸かっている別の書作品と遭遇した。布地に書かれた濃墨による温かみのある実直な書であり、地の部分の星雲上の染色模様も印象深い。「愛と夢のせて輝く天の川願いよ届け星の数ほど」と、折からの七夕シーズンにふさわしいメッセージが織り込まれている。無機的な大規模空間の中に思いがけず書を発見するという僥倖に、心がおのずと和んだ。
 ってから万博運営事務局に確かめると、その外壁は隣接するパビリオン「バイオラング」のもの。日進市在住の書家で、愛知県警各署の防犯横断幕に揮毫を続けていることで知られる一ノ瀬芳翠さんの揮毫であり、染色は名古屋市在住の絞り作家、近藤典親さんの作だという。
 雨の真っ最中とはいえ、雲の切れ目から射す日差しはことのほかきびしく、体にこたえるが、三十五年前に開かれた大阪での日本万国博とは異なって、自然に恵まれた環境のなかでのエキスポ。少し視線を転ずれば、豊かな緑が目に飛び込んできて救われる。そんな遊覧の道筋で、スイス館の表看板に「山」の筆文字が記されているのを見つけた。さすがは世界に冠たる大自然を誇るアルプスの国のエスプリ。しかし、その「山」字はあまりにも教科書風で味気なかった。
美術家ヤノベケンジの手書きメッセージ
(豊田市美術館での個展「キンダガルテン」会場)
 近、乾千恵さんの書による絵本『月人石』(文・谷川俊太郎、写真・川島敏生、福音館書店・こどものとも傑作集)を見ていたく感激したばかりだが、この中にじつに泰然とした「山」字があった。こうした魅力的な書に接すると、たとえば書家を起用するなど、スイス館には演出にもうひと工夫欲しかったと思う。
 かには同じ漢字文化圏にある中国館と韓国館に入ってみた。中国館では甲骨文字や活字印刷に関する解説があったが、展示自体は通り一遍に感じた。韓国館は中国館よりは丁寧な展示で、たとえば韓紙のいろいろな用途の紹介には好感が持てた。
 たる未来のイメージ賛歌が万博の基本的なありかたであるが、数こそ少ないとはいえ、伝統文化への理解に基づいた書がいくつか見られたことを評価したい。
 て、万博会場以外ではあるが、万博に合わせて開かれた美術展で、現代美術家によるほのぼのとした文字(硬筆)に癒されたことにぜひ触れたい。豊田市美術館でのヤノベケンジさんの個展「キンダガルテン」会場に掲示されていた自筆のメッセージがそれ。全長七・五メートルの巨大ロボットを中心とする、時代への批判精神と遊び心あふれる発表であり、子どもたちに宇宙との深いつながりを、じつにおおらかな運びで問いかけている。伸びやかさが際だち、気持ちがひとりでにほぐれた。
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