高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.7

書字の所作と芸術を結ぶもの
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
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 録作品から例を挙げると、染色家、望月通陽さんのほんわかとした書き文字が特徴の松明堂書店(東京都小平市)。第十五回(一九九八年)書皮大賞受賞作である。西武国分寺線鷹の台駅前にある同書店は、建物もモダンで素敵だし、地下には併設のギャラリーがある。経営者は作家松本清張のご子息。武蔵野美術大学の最寄り駅なので、同大に用向きのあるときは私も極力立ち寄ることにしている。
 にとって自宅から徒歩圏にある吉祥寺の弘栄堂書店は、古代の篆隷風文字を配していて、文字だけの構成に魅かれる。ただし、その構成には何かの意図が込められているのだろうが、私にはそれが十全に汲みとれないのが残念だ。私の理解力不足かもしれないけれども……。
 た、同じ吉祥寺の古書店、さかえ書房は、かつてひいき客だった詩人、金子光晴による書と画が異彩を放っている。
 字に魅力ある例ではほかにも、静岡県藤枝市在住の作家、小川国夫氏の揮毫書を配した同市の江崎書店、陶芸家・河井寛次郎自筆サインを使った京都の同記念館などがあって眼福に浸ることができる。
 れだけ日本で書店カバーが盛行してきた理由は、書店側から見ると、客が手にしている本が御代済みであることの証しとなるとともに、買った人が電車の中などに持ち込んで読めば、多くの人々の眼に触れて店の宣伝になるからだろうし、読み手にとっては購入した書物の汚損を防いでくれたり、いまどんな内容の本を読んでいるかを知られたくないときに役立ったりする効用がある。しかし、そこにはやはり日本の「包む」ことを大切にする文化の伝統が息づいていることを無視できないだろう。
京都銘菓を代表する老舗「松屋常盤」の包装紙。装画のない、筆文字だけの表記が潔い。
 答品の丁寧な包装はむろんのこと、菓子類などもちょっと高級品になると煎餅でも一枚一枚包むというように、日本には包むことをことのほか大事にする奥床しい伝統がある。
 店カバーではないが、私は京都の数ある銘菓のなかでも、とりわけ味噌製カステラというべき「松屋常盤」の味噌松風を偏愛し、それが名店街やデパートなどでは手に入らないため、上洛した折には時間の許す限り、江戸初期承応年間創業の御所出入りであった同店に必ずといってよいほど足を運んで購入することにしているが、この老舗の包装紙がまたすごい。装画などの意匠はいっさいなく、筆で職掌と店名、場所を記しただけの直截簡明さ。けっして達筆といえないけれども、今もって「平安京」としている地名表記などに、幾多の星霜を乗りこえてきた老舗の矜持がにじみ出ている。
 む文化と深く交錯する文字。そして、包み紙が美しい書き文字や図案文字で彩られ、ことほがれていれば、なおのことうれしくなる。

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