昨年秋に日本公開されて話題を集めた韓国映画「春夏秋冬そして春」(キム・ギドク監督)に尋常ならざる写経シーンがあった。
別の男に走った妻を殺した青年が、幼少年期を過ごした山間の湖に浮かぶ庵に逃亡犯として戻ってきて自殺をはかろうとする。庵の主であり、長年修行生活を送っている老僧は青年にとっては父親のような存在であるが、それを制止しながら、青年に向かって「愚か者め、目を覚ませ」と叱咤する。そして、飼い猫の尻尾の先に墨を浸して寺の四周をめぐる床に経文(般若心経)を書き、「この文字をナイフで彫って怒りの心を消すのだ」と命じる。青年はそのとおりに一字ずつ懸命に彫り込んでいく。途中で犯人を追う刑事ふたりがやってくるのだが、ひとまず作業を見守る。夜を徹しての刻字が続く。明け方、青年は彫り終えると、務めを果たした法悦と極度の疲労の末に、倒れ込んだまま眠ってしまう。手には血がにじんでいる。この間、老僧と刑事たちは彫られた文字に顔料を塗る。やがて、朝日が周囲を明るく染めるころ、青年は起され、刑事に連行されて庵を後にする……。 |