さて、みなさんは、手書きの味がえがたいガリ版文字には、いくつもの書体があることをご存知だろうか?その存在を私に教えてくれたのは、いまや希少な名手である師友、本間吉郎氏。氏は教職から謄写版の世界に転じるとともに、多色刷りを駆使する孔版画家として独自の領域を切り開いた故・若山八十氏に学んで孔版画家としても活躍してきた。今回の展示の資料目録の制作も氏の手にゆだねられた。
本間氏の教示によると、謄写文字の書体には、楷書体、ゴシック体、線書体・宋朝体(ともに右肩上がり八〜十度の長体)、右肩上がりの孔版書体、定規を使って書くゴシック体であるパイロット文字などがある。そしてヤスリは、ピラミッド型の頂点を鉄筆が擦過するようにつくられているもの(粒頂製版)と、鉄筆を溝に沿わせて書くようにつくられているもの(沿溝製版)とに大別されるが、上記の書体はそれぞれどちらかに属しているという。
ガリ版のプロはこうしたいくつもの書体を、反復と持続訓練によって、自在に書き分けることができた。線に抑揚が付かないように、終始、平均した力で書き通すことも肝要だ。ガリ版とその手書き文字は、「近代日本文化の底流を支える力」(本間氏)であった。たとえ消え去る運命にあろうとも、手づくりメディアとして市井人とともに刻んだ格別の功績は、これからも折に触れて語り継がれてゆくに違いない。
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