高橋氏の初期案では年代順の構成であったものを、本書では財前氏が五つのテーマ別に改めて構成している。まず「秋艸道人 その学問と藝術」では『南京新唱』『山鳩』ほかの自著、ついで「都の西北」では坪内逍遙、窪田空穂、山口剛らの早大関係者、「懐古 そして奈良へ」では、柳田國男らとつくった「郷土研究会」や奈良関連の書籍、「慕い、集う人々」では小杉放庵、吉野秀雄、相馬愛藏・〓光(新宿中村屋創業者夫妻)や門人を中心とする著作、最終章「ふるさと 新潟」では「新潟日報」題字をはじめとする故郷ゆかりの作品を収めている。つながりのあった顔ぶれの多彩さも見どころだし、知られざる人間関係も明らかにされている。
たとえば、柳田國男との意外とも思える結びつき。柳田から八一は地方への視点をつちかわれた、と財前氏は指摘する。プロレタリア文学運動の指導的理論家、 野季吉といった思いがけない顔も登場する。
本書が実現したのは、もとより八一が残した類を見ないほどの多量の題簽があればこそであるが、それは八一の学殖と人間性、そして前述のようにその書の魅力に魅かれて慕ってきた人達が数知れずいたからである。世代的に謦咳に接したわけではないが、著者高橋氏と編者財前氏もその系譜に連なる人たちだ。財前氏は「八一の思想を通じて書を勉強してきました。師につく書とは違う立場からです。八一の真の思想を受け継ぐことで、あるべき書を自分で見つけ出していきたい」と述べる。
著者の格別の想い、遺族と版元の全面的な支援に応える、財前氏による周到な編集によって日の目を見た本書が刊行された2005年秋は奇しくも道人の没後50回忌。記念すべき年に、八一を頂点として、末広がりに連なる互いの信頼の絆がここに結実したといってよい。なお、本書の端正で力強い題簽は財前氏によるもの。
本書は八一の書業の奥深さ、格別のスケールを改めて感得させてくれる。日本の近代装幀史の再検討を迫る画期的集成であるといっても過言ではないだろう。
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