高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.12

畢生の労作『會津八一題簽録』が顕す信頼の絆
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
 生(ひっせい)の作とは本書のことをいうのではなかろうか。このほど武蔵野書院から刊行された『會津八一題簽(だいせん)録』がそれ。秋艸道人八一(1881-1956)が手がけた145点にも及ぶ揮毫書籍・雑誌を写真と解説を付して収めた一大集成である。
 者は高橋文彦氏であり、編者は財前謙氏。高橋氏は、會津八一の高弟で金石文や近世仏足石碑文の研究によって知られる加藤諄氏(2002年歿)の指導を早稲田大学法学部在学中から受けた後、高校教諭のかたわら、師のアドバイスを受けつつ八一が手がけた題簽の収集と研究に30年余を捧げてきた(本書収録作品の九割は氏のコレクション)。財前氏は早大教育学部出身の無所属の書家であり、敬愛する八一が収集した拓本などについて、同じく加藤氏から折に触れて教示を受けてきた。高校教諭生活を経て、現在は大東文化大学書道研究所客員研究員として書史書論などの研究に当っている。最近では、仏典漢訳者として知られる鳩摩羅什(くまらじゅう)を紹介したNHKスペシャル「新シルクロード」第5回(2005年5月)の揮毫場面の映像において「色即是空」「煩悩是道場」などの書を担当して話題を集めた。タイトル「新」の篆刻も氏の作品である。

『會津八一題簽録』カバー(題簽=財前謙)
 藤氏を介して高橋氏の取り組みを財前氏が知ったのは、時代が昭和から平成に変わったころ。「知ったかぶりをしない」(加藤氏評)で、自分の眼で確かめてから判断することに徹する真摯な高橋氏の姿勢に感服した財前氏はそれから機会あるごとに、長年にわたる研究成果を一書にまとめるよう励ましてきた。
 かしその後、高橋氏は不治の病に冒された。最期が迫りつつあるころ、氏の弟さん、和彦氏からの連絡を受けて病室に駆けつけた財前氏に後事を託したのが2004年9月5日。その9日後に高橋氏は不帰の客となった。享年62歳だった。
 版に向けて努めることは約したものの、財前氏に版元をはじめとする具体的な目安があったわけではない。いくつかの出版社を回っての出版交渉、未定稿の補筆、原稿の校閲、未発見資料の探索、掲載許可の手続き、数度にわたる撮影と、身を粉にする奮進の日々が続いた。幸い、掲載許可交渉の過程で、武蔵野書院が版元になることについても快諾してくれたことから光明を見出すに至った。本書に掲載されている『日本傳説集』(高木敏雄著、1926年)ほか計3点が同書院からの八一題簽による刊行書である。
 つは武蔵野書院は八一と深い縁で結ばれていた。財前氏によると、今回「出版人としての良心」にかけて手を差し伸べた同書院の前田智彦氏の祖父前田信氏が、大正末期に高田豊川町(現文京区目白台)で古書店を営んでいたころ、当時近くに住んでいた八一がひいきにしてくれて以来の交流だという。社章「武蔵野書院印」も八一の揮毫であり、本書のカバー裏面と表紙裏を飾っている。
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