そして片岡さんが参照したのが、明治後半期の活字書体だった。仮名では夏目漱石の「吾輩ハ猫デアル」(上編、一九〇五年)の初版本にも使われている秀英舎書体の五号明朝。秀英舎体は、現在の大日本印刷に受け継がれている、日本の近代活字の主流を成してきた書体。筆文字の名残をとどめる流麗な仮名書体の息遣いを、丸明オールドの仮名はたくみにすくい上げている。私はそこに映画の字幕文字にも通じる、手書き文字特有のぬくもりを感じてならない。
漢字は、日本の近代印刷の創始者、本木昌造の系譜を引く築地活版書体(現在の凸版印刷で、やはり活字書体の典型)に範をとっている。仮名と同じ起筆部・終筆部の丸みにくわえて、明朝漢字に特有の、横画の留め部分の三角形のウロコを円形のエレメントに置き換えていることが、快いアクセントを添え、書体としての個性を引き立てている。
片岡さんが明治時代の書体に注目するのは、専門的なデザイン教育を受けていないというだけに、なんとか自分の眼力で「過去の歴史を探りたい」という一念からだったという。そして、近代の活字資料を見始めて気づいたのは、「歴史の中に次の新しいものがある」ということだった、と片岡さんは強調する。丸明オールドが見る人を癒してくれるようなやさしさを秘めながら、けっして古くさく映らないのは、こうした歴史への積極的なまなざしによるものだろう。まさに「温故知新」である。
片岡さんは今、新しいゴシック体の設計に取り組んでいる。来年が予定という発表がたのしみである。
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