高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.4

「温故知新」が生んだ注目の大ヒット新書体
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
 の書体で組まれた文章に初めて接したとき、私は驚いた。なんと愛らしい表情をしているんだろー、と。端正ではあるけれど、少しも堅苦しくなくて、心和むのである。とくに丸っこい線質に、いわく言いがたい味わいがある。整合性を高めはしたが、どれも似たり寄ったりの書体が少なくないなかで、この新書体の存在感は際立っていた。
 属活字の時代は活字の膨大なストックが要求されたが、写真植字システムへの移行にともなって、ひとつの書体を整えるのに文字盤一枚で済むようになったことから、新しい書体(タイプフェイス)の開発が一九七〇年ごろから一挙に盛んになった。それはデジタル・テクノロジーが浸透した現在も変わりない。そうした趨勢のなか、私はこれまで三十余年にわたっていくつもの新書体の登場を目撃してきたが、こんな新鮮な経験はそうあるものではない。
「丸明オールド」の広報チラシ 「丸明オールド」を使った書籍装幀。
江國香織著『思いわずらうことなく
愉しく生きよ』(光文社、2004年)
「思」と「愉」の一部に加工が加え
られている。          
  の書体の名称は「丸明オールド」(二〇〇一年六月、デジタル書体として発売)。初見したのは、芸術新聞社から刊行された松岡正剛著『外は、良寛。』の装幀でも知られる友人のグラフィックデザイナー、羽良多平吉さんが送ってきてくれた、彼の母校(都立神代高校)の同窓会機関誌『銀杏』(羽良多さんデザイン)だった。その後、東京電力ほかの新聞・雑誌広告や「生茶」(キリン)などのコマーシャル、書籍装幀等でみる機会がひんぱんとなり、近年最大のヒット作となったことを実感するようになった。最近では講談社の文芸雑誌『ファウスト』第二号がひとつの小説中に本文書体として用い(ただし、仮名のみで漢字は別)、江連忠著『あるがままに、思うがままに―スタート前に読むゴルフバイブル』(日本経済新聞社)では、装幀などの外回りから本文組に至る全面採用をしているなど、汎用書体としての裾野の広がりを示している。
 明オールドの制作者は書体デザイナーの片岡朗さん。世田谷区成城にあるオフィスでお話をうかがった。  
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