で、モンブランなんですけどね。またしても、しつこく、銀座で。

「アンリ・シャルパンティエ」と並び称される、いや、人によっては、「銀座でモンブランっていったら、ここでしょ」というファンもいる、「Salon de the ANGELINA(サロン・ド・テ・アンジェリーナ。この後は単に「アンジェリーナ」と表記)。「銀座プランタン」の2階にあります。

アンジェリーナ
◉「アンジェリーナ」の入口。午後の3時というのにお客さんでビッシリ。
 平日の、今日も夕方前、3時ちょっと過ぎ。(この時間なら、まず空いているだろう)という時間帯。銀座にはよく来るが、まず「プランタン」には入らない。なんか、女性のデパートってイメージがあるでしょ。上野の「ABAB」だって、男ひとりでは入らない。連れがトイレを使うときだって、外で待っているもの。寒空の下で。

 いや、「ABAB」といえば──ぼくが学生時代、バイトで婦人バーゲン下着売り場に配属された、元、上野「赤札堂」──のことはこの際関係ないですね。

 話はモンブランでしょ。ケーキのモンブラン、申し遅れましたが、名の由来は、もちろん「Mont Blanc」、白い山。正しくは「Mont Blanc aux marrons」。マロン(栗)で作った白い山。

アンジェリーナのモンブラン
◉お隣りは白ワイン。モンブランはこれでもデミ。
マロンペーストの上には粉雪、ではなくて粉砂糖。
 で、銀座「アンジェリーナ」ですが、本店はパリ。創業、もう百年を越える老舗という。

 時代はベル・エポック。なんてったって、ココ・シャネルや、あの、マドレーヌの(って紹介でいいのかしら)マルセル・プルーストも通った店というのだからすごい。

 しかし、銀座の「アンジェリーナ」は、敷居は高くない。買い物帰りのご夫人、お嬢さんがたのカフェ。本来、いい年くった男が、プラッとひとりで入る店ではないのでしょうが、そんなことはいってられない。快楽的「甘い生活」を貫徹するためには、場違いや厚顔はなんのその、シレッとした顔で入店。

 なんだよー、この時間なのに、なんでこんなに混んでるの。どういう人種なんですが、この人たち。真っ昼間の3時過ぎに、ゆったりと、お茶していたりして……。ダンナや彼は、いまごろ一所懸命、仕事してるんだぞ! と勝手に義憤にかられる。
◉見下ろせば、銀座の道行く人々の姿が。
 でも、空いてました。一番奥の、窓際の席が。いいですね、ガラス窓から下を見ると、銀座の町を行く人々の姿が……。色とりどり、デザイン様々なコートを着て、やはり上野、「ABAB」の前の群集の雰囲気とは、ちょっと違うかも。いや「ABAB」の話に戻ってはいかん。

 一応「アンジェリーナ」のメニューを見る。もちろん、オーダーはモンブラン・オ・マロン。しかし、ちょ、ちょっと待って。そのモンブランだけど、メニューにオリジナルサイズとデミサイズがある。

 おおーっ、あのショーケースに入っていたでかいジャガイモみたいのが、本場、パリと同じサイズのモンブランか! 一瞬、食べ終わったときのことを考えると、頭がクラクラッとする。

 デミにします。デミ、お願いします。それとスパークリング。

 大人になったなぁ。若いころはケーキなんか、ケッ! ってなもんだった。んなもん食べたら酒がまずくなるじゃない、腹筋のキレがわるくなる! って感じのイキがりがあったが、いま、こうして、おっとり、余裕の精神状態でモンブランを前にスパークリングのグラスを手にしている。

 杯をかざせば、泡の向うに、銀座の枯れかかった柳並木が見える。道行く、男の姿。婦人、婦人、若い女性、犬を連れた老女、婦人、婦人、女。

 モンブランだが──なるほど、これがパリと同じレシピのモンブランか。マロンペーストの上には粉砂糖。もちろんモンブラン山頂の雪の見立てですね。ま、むく犬がシッカロールをかけられたようにも見えるけど。

 中味がすごい。ねっとり、濃厚度においてはここのモンブランがダントツかもしれない。いっそ妖艶ともいえる。デミでよかった。デミで。二日酔い気味の体力にはレギュラーを食べるパワーはなかっただろう。

◉こってり感がわかるかしら。半分食べかけの「アンジェリーナ」のモンブラン。
 スパークリングに助けられつつ、瞑想的気分でパリのマロンペーストをゆっくり味わう。台はサクサクパリパリのメレンゲ風。

 なに気なく、入口の方を見ると、れ、れ、れ、入り待ちの客が4〜5人。ここも行列のできる店ですか! ことさら、ゆっくり席を立ち、会計をすませる。モンブラン・デミ450円、スパークリング700円。

 さて、と。時計を見ると4時ちょっと過ぎ。そうか、2時半から5時半の間だけイートインでモンブランが食べられるというホテル西洋へ寄ってみよう、と思い立つ。いつか行ってみようと思っていたんだ。時間限定、というのが心ひかれるじゃないですか。

◉人の気配のまったくない、かつてのホテル西洋入口。石柱がまるで廃墟のよう。
 ホテルの前に立つ。む!? なんだ? 今日は休業? いや、横のウインドウ部分はずっと先までパネルが張ってある。ケータイでチェックする。えっ、ホテル西洋つぶれたのか!

 入口の回転ドアの前に立つと、心なしか排水溝からの異臭が……。まさに世は無常。この、高級ホテルの象徴のようなホテル西洋が……。かつて、ここのレストランに入ったときは緊張したぞ。(いい方の靴をはいてくればよかった……)と、ちょっと後悔したりして。アルザスのワインが美味しかった。そうか、このホテルが……。

 感慨にふけりつつ、フラフラと4丁目方向へ。頭がモンブランになっているので、前に店の前のパネルでチェックしておいた、こちらは日本のカフェの老舗「カフェーパウリスタ」のモンブランとコーヒーのセット(945円也)でも、と思っての銀ブラ。

 銀座「松屋」の前までくると、前方から、どこか見おぼえのあるらしき人の姿が。もともと近眼な上に、夕方近く、まさに「誰ぞかれ?」のたそがれどき、??と思いつつ歩を進めると、「あら、サカザキさん」と、しっとりとした音声でお声がかかった。「あらら、CK社のTBさんじゃないですか……」。そうかCK社は京橋にあるのでTBさんが銀座を歩いていても不思議はない。

 チャンス! ひとりで入るのはかなり勇気のいるあの店にTBさんを誘って入ろう! と思いつく。「お茶を飲む時間、あります?」と聞いてみると「本当ならお酒、といきたいところだけど、社に戻らなけりゃならないので残念だけどお茶にしますか」という嬉しいお言葉。

 ヤタッ。TBさんと銀ブラデートだ(時間限定だけど)。で、銀座は5丁目。あずま通の「銀座ぶどうの木」へ。ここは「日本で初めてのデザートレストラン」として知られる。

 1階のショップを見やりながら階段をのぼって2階へ。ケーキのイートインというよりは落ち着いたレストランの雰囲気。隣りを見るとしずしずとワゴンが運ばれ、やおら、ポッと炎が立つ。なるほど、あれがこの店の人気メニュー、ラム酒(?)でフランベするクレープシュゼットか、と思いつつも、こちらは初志貫徹、といってもここにはモンブランはないので、同じく栗を使ってのタルト・オ・マロン(白ワイン付1575円)。TBさんは、やはりこの店のウリのスフレ・オ・フロマージュ(1575円)。

◉ウエイターがワゴンを運び、フランベ(炎を立てる)するクレープシュゼット。
◉人気メニューのひとつ、タルト・オ・マロン、白ワインつき。
◉なるほどこれが、スフレ・オ・フロマージュか。
 ぼくのタルト・オ・マロンの栗は渋皮付きで渋味があり、実はホッコリと甘く自分が森の仔熊さんになった気分。白ワインと合いますねぇ。

 しかし、ボリュームのあるタルトは、さっきの「アンジェリーナ」のモンブランのコッテリ感がまだ残っていて、少々、もてあまし気味。

 TBさんのスフレ・オ・フロマージュは、口あたりが軽そうで、チーズのスフレだからこちらも白ワインに合うでしょう。スプーンですくわれたスフレがTBさんの唇の中にスフーレと消えてゆく。いいですねぇ、甘い生活ですねぇ。

 会社に戻らないでいいのなら、「ブリック」か「ロックフィッシュ」でハイボール、口の中をキリリと締める、といきたいのに。TBさんの手には、なにやら紙の束が入っているような袋が……。

 仕方がない。TBさんとは4丁目の角でバイバイ。一瞬、途方にくれ事務所に電話を入れてみると──「キルフェボンのケーキが届いてます」と。「えっ、じゃ、これから、すぐ戻ります。皆で食べましょう」ということに。

 15分後、なるほど、チーズケーキだ。でかい。お盆の大きさ。4人いるので、これを8等分したら、2ピース、つまり、4分の1ずつ。W君に自動販売機でブラックコーヒーを買ってきてもらう。(食えるかぁ、このボリューム)と思いつつ、口に運ぶと、これがスイスイ進む。

◉キルフェボンのチーズケーキ。箱を開けたたたん、こんがり香ばしい香りが。
◉カットしたチーズケーキとチーズたっぷりの断面。この分量をぺろり。
 女性スタッフも大ニッコニコ。「チーズケーキと、このタルトの部分のバランスが絶妙ですね」とのご感想。なるほど、そうか! と注意ぶかく賞味。

 ありがとうOさん! Oさんプロデュースによるフランスのバターやクリームが、ここキルフェボンの味を作っているのでしたね。

 にしても、一日にケーキの3連発! ちょっと甘い生活が過ぎるかも。ちなみに、この連載をはじめてから3.5㎏体重が増えました。

 ここ、2〜3日は甘いものは控えよう。で、来週は日本のモンブランといったら、この店。その名も「モンブラン」、もちろん自由が丘の。ということで次回は、その報告を。

 すぐ近くの居酒屋の名店「金田」とともに。


(第7回おわり)

著者プロフィール

坂崎重盛(さかざき しげもり)

東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』および弊社より刊行の『「絵のある」岩波文庫への招待』、『粋人粋筆探訪』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。