今回も銀座で甘い生活だ。
人呼んで「銀座ショコラストリート」(ショコラはフランス語でストリートが英語というところがご愛敬)のうち、前回はピエール・マルコリーニでチョコレートドリンクを楽しんだ。
この横丁、銀座西五番街。ソニービルの方から歩いてくると角がアルマーニ、西五番街に入って向いがディオール、そのディオールの晴海通り向いがグッチというまさに世界のブランドエリア。
と、いうものの、宵闇迫る夕暮れどき、この西五番街に入ると人の通りは、そう多くない。というか、ひっそりとしている。いっときのブランドブームは去ってしまったのだろうか。「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず……」、すべては移りかわり世は無常。「あゝ無情」はアン・ルイス。──などと、店内にも
たしかに、チョコレートショップ(ま、ショップではなく「ブティック」というらしいんですが……、ぼくも素直にこれにならいます)が3軒並ぶ、この光景はヨーロッパの街並みを思わせる。それに、今日も「ジョエルデュラン」の店頭では、いつものように女性の店員さんが「ボンジュール」と道行く人に声をかけている。

◉「ジョエルテュラン」の店頭。日本とフランスの国旗が。
仏日友好ショコラブティックだ。
その「ジョエルデュラン」に入る。パフェを食べるために。前回の「ピエール・マルコリーニ」では、パフェは連れの女性の「季節のパフェ(レモン)」をスプーンひと口だけ味あわせてもらい、ぼくはビターなチョコレートドリンクと日和ったが、今日は真っ向勝負、「大人のパフェ」Liégeois(リエジョア)に挑もうというわけ。仏日友好ショコラブティックだ。
この「ジョエルデュラン」の本店は南仏・プロヴァンスというが、店の雰囲気は、落ち着いた小ぶりの洋風応接間といった雰囲気。店内には男性ふたりと女性2人の4人のグループ(そのうちのひとりだけが日本人)と、女性ふたりのカップルが2組。

◉こんな感じの「ジョエルテュラン」の店内でいただく「大人のパフェ」
テーブルの上にはDIC(大日本インキ)色見本帳のような、ボンボンショコラのA〜Zまでのカードメニューとチョコレートパフェのメニューが。ここ「ジョエルデュラン」の大人のパフェ・リエジョアは日本限定のメニューという。パフェはブラックチョコ、ジャスミン、オレンジ、プロバンスアーモンド&ピスタチオと目移りするが、結局、オレンジチョコレートとエスプレッソをオーダー。パフェのみだと1730円、コーヒー、紅茶のセットは2230円。
本当は山椒を使ったパフェというのを試したかったのですが、なぜかこの日はメニューになかったので、この店の一番人気という、オレンジに。
注文してから待つことしばし(10分ちょい)。なにやら、おとぎの国の塔のように何層にも積み上げたパフェが登場。といっても「大人のパフェ」と称するとおり、全体の色彩は白とチョコレート色、と渋め。色調が品の良い、なにか、イタリアのインテリアデザイナーのオブジェのようにも見える。注文してから時間がかかるのは、この何層(6層?)ものていねいな積み重ねによるものでしょうね。

◉これが噂の「大人のパフェ・リエジョア」。多層積みの内容は本文で。
テーブルにパフェが運ばれてくると、店員さんが、パフェの内容と、食べかたを説明してくれる。一番上のボンボンショコラ(オレンジ)の下の白い生クリーム(無情、ではない、無糖)には「ジョエルデュラン」オリジナルのオレンジキャラメルソースがかかり、その下が“プロヴァンスの風味”のオレンジチョコレートアイスクリーム。中心のドリンクチョコレート(ブラック)はビターな味で、ここにもオレンジの風味が、その下が生クリームで、一番底にはアーモンドプラリネ(アーモンドの砂糖焼き)。店員さんの説明では、「中ほどまでスプーンで食べていただいたら生クリームとアーモンドプラリネを混ぜて召しあがって下さい」とのこと。もちろん、そのとおりのお手前でいただく。
なるほど、パフェはもともとパーフェクトから来た言葉だというが、このボリューム、かなりのパーフェクト感がある。エスプレッソで舌を整えながら慎重に賞味するつもりではあったのだが、なぜかこういうものを食べるとき、ぼくはペロペロパクパクペロペロとあせって食べてしまう。ブレーキコントロールが効かなくなってしまうらしい。で、食べ終ると、ふぅーと我に返るという次第。
お隣りさんの女性2人組みは、お水を飲みつつ、おしゃべりしながら、ゆっくりゆっくり食べている。パフェを楽しんでいる様子。
ところでだ、このパフェ、すでに記したようにコーヒーか紅茶のセットで2230円。この値段が安いか高いか。町の鰻屋の鰻丼代。あるいはそこそこのグラスワインや、シェリー、あるいはカクテルの2杯分(もちろん1杯3千円のワイン、シェリーやカクテルもあるけど)。
鰻丼はともかく、人によってはカクテル2杯と、このパフェとコーヒーだったら、後者の方が満足度が高いかもしれない。舌の快楽と引きかえの2230円の出資と考えれば……とは思うものの下町育ち、町中の洋菓子店で、ホットケーキやフルーツポンチやミルクセーキ(これが、「ミルクシェイク」から来ているとは、ずっと知らなかった)なんかを子供のこづかいで食べていた身としては、ちょっと……とつい思ってしまう。
ま、たしかにカカオ風味、チョコレートのなめらかさは雲泥の差があるのでしょうが。また、東京の下町の洋菓子店と南仏の名店と比較しても仕方がないが。
ところで、どっこい、この「ジョエルデュラン」の並びに、こちらもフランスからのチョコレートづくりの雄「イルサンジェー」がある。

◉「イルサンジェー」の店頭。黒と赤が基調の格調のあるインテリア。
天井から大きなシャンデリアが下がる店の内装は壁が赤で他は黒が基調となっている。「赤と黒」、スタンダールだ、読んでないけど。その壁には、このショコラティの歴史を物語る写真や絵の描かれた賞状などがいろいろ掛けられている。それと、鹿の剥製が。その鹿の顔を

◉「イルサンジェー」の店内。なかなかの美観です。
ふーん、このショコラトリーがあるのはジュラ地方のアルボアというが、この地方で「鹿が笑う」とはどういう意味かなぁ、と思ったが、そこまで突っ込んだ質問はせず、ショーケースをのぞき込み、初代創作(トゥトシェフ)、2代目創作(ガレ)と「キャラメル・ムレ」と「カフェバール」の4個を、やはり赤と黒の小函に入れてもらう。
◉これが、ぼくの注文した4個3630円の函詰。
この「イルサンジェー」、創業からすでに110年を越えている由。しかも現在の50歳になったかならないかの歳の4代目、エドワール・イルサンジェーはフランスでは人間国宝にあたるチョコレート作りという。そこで、この小さな(直径2㎝弱・高さ約1.5㎝ぐらいかな)チョコレートの値段だが1個が840円。それを3つ、それよりちょっと大きい「カフェバール」が1100円を1つ。みな、おちょぼ口でも入るひと口サイズ。計4個で3630円。どうです! さすがフランス以外では世界で初の店がここ銀座のブティック、というプライドの高い値段ではある。
このチョコレートは普段、パクパクとは食べられないなぁ。たまに、なにかあったときの自分へのごほうびか、あるいは人へのプレゼント?
4個買って事務所に戻ったら、スタッフ(男性)がひとりで仕事をしていたので「チョコレート買ってきたけど、食べる?」って聞いたのだが、「いや、いいです」というので、フ、フ、フ、そうかい、そうかいと、あまり軟らかくならないうちに、と4つともその場で食べてしまった。ほんの4口、5〜6分ほど。
当然、うまい。しかし……貧乏性のぼくとしては、この1粒が840円? という思いがぬぐい切れない。パフェの1700〜1800円は、まぁ、ボリュームもあるし納得はできなくもない。しかし、チョコレート4粒で3千円を越えるとなると……。
まあ、カカオで作った甘い「妙薬」あるいは「媚薬」、と思えばいいのかもしれない。また、そのぐらいの価値はあるのだろう。
思えば、チョコレートって大人になってからは、あんまり縁がなかったものなぁ。せいぜいが、バレンタインデーで(お義理で)贈られるチョコレート。かなり美味しくて、びっくりしたことも何度かあります。でも、自分でチョコレートショップへ行こうとは思っていなかった。
子供のころは、明治と森永、あとはモロゾフかメリー。グリコはそのころ、ハート型のキャラメルだけでチョコレートはなかったはず。まぁ、夢のオヤツ。なんかのときに姉が厚いチョコレートを割ったのの袋入りを買ってきてくれたけど、あの、厚さ、あの量感には感動したなぁ。厚くて手では割れない、咬み切れないんだもの。端の方から、カシカシ、大事に食べていた。あれはケーキかなにかを作るときのチョコレート材だったのかしら。
もうひとつ、いまでも覚えているのは、ぼくがボッチャン刈りをしていた小学校5、6年のとき、近所のトコヤさんへ行って髪を刈ってもらっていたら、そこの家の小学校にあがる前くらいの子が新書本くらいのチョコレートを手にして、その一部を銀紙から出して食べていた。これには、度肝を抜かれましたねぇ。(えーっ、トコヤさんって、お金持ちなんだ!)(子供にあんな大きなチョコレートをそのまんま、あげられるなんて!)と、ショックを受けたのだ。
ところで話は「イルサンジェー」に戻る。ここのチョコレートに「トリプルH」と名付けられた1品がある。その名の由来の「H」とは、フランス・ブルターニュの菓子職人「アンリ・ルルー」へのオマージュとして作られたという。そばの実のヌガティーヌ、塩キャラメルのガナッシュ、リンゴのコンポートが3層になっているショコラ(イルサンジェーの最近のニュースから)。うーむ、そうなると、ちょっと食べてみたくなる。
そばの実かぁ。ブルターニュといえば、そば粉クレープ・ガレットだものなぁ。それとリンゴ酒のシードル。それに、アンリ・ルルー、たしか新宿・伊勢丹に店を出していたはず。こちらもフォローせねば。

◉ショーケースの上でショコラと白ワインのテイスティングのサービスがある。
そうそう、書き忘れるところだったけれど、「イルサンジェー」では、テイスティングができました。あれはヘーゼルナッツのチョコレートだったかしら。そのひとかけらにジュラ名産の白ワイン、オシャレですね。美味しくいただきました。ただ、量がもう2〜3倍ほどあれば、もっとしっかりテイスティングできたと思うのですが……。図々しいか。と、まあ、「ジョエルデュラン」「イルサンジェー」とハシゴして、しかも味に集中したので、頭がすっかりショコラ脳になったぼくは、ここはやはり、リセットしておこう、ということで、マルコリーニの右横、「鳥ぎん」の看板の、傘を差すのがやっとくらいの細い露地に入り、チョコレートブティックのすぐ裏手にあたるバー「ルパン」(そういえば、この店の看板も、赤と黒!)へと足を向けたのでした。
もちろん、太宰治、坂口安吾、織田作之助がここのカウンターで呑んでいる写真で有名な老舗バー。ここに来たら、ぼくは以前はトリスのハイボール、今はトリスを置いてないらしいのでブラックニッカ。それにシーチキンとろのカンヅメとキュウリもみ。
フランスの名だたるショコラの店と、戦後の名残りの横溢するバー「ルパン」が背合わせしているのも銀座ならでは……、と思ったりしながら、シーチキンとろと刻みネギの絶妙なマリアージュを“あて”にしながら、薄暗く落ち着いた店内でハイボールを4杯ほどお代りしたのでした。
(第4回おわり)