「Sweets Memories」コラージュ:安土利夫


 ♫土曜日の夜〜、何かが起こる〜

 って歌、憶えてますか。そうです。黛ジュンさんが唄っていました。たしか「紅白」でも。

 また、これと同じフレーズを、そのまま看板にしたラブホも見かけましたけど。(京葉道路か、千葉街道沿い。もちろん、それが目に入ったときは嬉しくなりました)──たしかに、土曜の夜は何かが起こるのかもしれない。今回、ぼくの場合は、土曜の夜ではなく、夕方だったのですが。

 いや、先日、さらに銀座でスイーツ、と思って夕刻の5時少し前、西五番街の近くまで行くと、レレレ!、「ジョエルデュラン」「ピエール・マルコリーニ」の店の前に行列が。

 本当だったんだぁ。以前、女性誌で「人気のショコラ・イートインに並ばずに入る」みたいなタイトルの記事があったけど。そのときは(何で、ボケーッと並んでまでしてチョコレート食わなきゃなんないの、さぶちゃんラーメンじゃあるまいし)などと思ったけど、考えてみれば、あれは「イベント」なんですね。

◉マルコリーニの前に行列が。店員さんがオーダーを聞いている。
 銀座で買い物やウィンドウショッピングをして、日暮れどき、話題のチョコレートブティックに入る。もちろん、並ぶのも楽しいイベントのうち。その光景をスマホで撮っている人もいる(ぼくも撮りました。目的は彼等と、ちょっとちがうかもしれないが)。

 なるほど、ただペロリと食べるのではなく、イベント込み、とすれば、パフェが2千円でも高くないかもしれない。

 じつは、ちょっと、がらにもなく、反省というか、(なんだかなぁ)と、思っていたのです。銀座でスイーツとか言ったってですよ、戦後の東京下町場末育ちがですよ、それこそ年甲斐もなく、なにがショコラですか、なにがプラリネですか、ってことでしょう。ねえ。

 世の中、使用ずみ核燃料の処理が恐ごわと始まったばかりだし、フィリピンの災害は悲惨をきわめるし、特定秘密保護法案はなぜかきちんとした論議や検証もせずにドサクサまぎれで押し通されようとしているし……こんなときに「やっぱりショコラの旬は秋!」などと言っていてよかったのでしょうか。あまりにもノーテンキすぎないだろうか。

 もちろん、自分に対して疑問を発しているのです。

 これに対する答は──。「ノーテンキでいいのです」。

 なぜなら、ノーテンキの存在が許されること、すなわち平和や、文化繁栄の証し、だからです。もちろん、都合のいい自己弁護である。弁明ついでに、心強い文章を見つけてしまいました。紹介します。吉田健一の、例の『舌鼓ところどころ』(中公文庫)。「当て外れ」の項。

◉吉田健一『舌鼓ところどころ』。「あまカラ」誌の連載が1冊に。
 今から思うと、食べもののことや酒を飲む話を書き始めたのは、こういうものを書いていれば誰からも尊敬されたりする心配はないし、その上に満腹感だとか、二日酔いだとか、人に軽蔑される筈のことなら、それを承知で本音が吐けると考えてのことだったようである。

 ね、吉田健一大人(うし)がこう言っているのである。飲み食いのことを書いていれば、人から軽蔑されることはあっても尊敬されるおそれはないので安心であると。そうなんですよ、本来。

 ところが昨今は、飲み食いのことをエラソーに語ったり、ウンチクをたれて、カリスマ的存在感を、これみよがしに自演したり、「(つう)」ぶったりする、野暮天がおりますな。

 真に社会的に重きをなす人、あるいは紳士、ダンディズムを生きる人は、飲み食いのことなど書かない、語らない。

 たしか稲垣足穂入道(いながきたるほにゅうどう)も、どこかで言っていました。食い物のことなど語る人物は自分が二流、三流の俗物であることを自己申告しているようなものだ、と。

◉通りがかった「銀座文明堂」のバームクーヘン売り場。
上のパイプ状がバームクーヘン。
 と、いうわけで、ぼくは飲み食いのことを書くわけで、話は銀座でスイーツに戻る。前回、西五番街のチョコレートブティックをハシゴした後、晴海通りに戻ると、「銀座千疋屋」が目に入った。もちろん、上等フルーツ店の老舗。

 思い出すなぁ、銀座通りに面した、あれは6丁目か7丁目あたりだったか。この「千疋屋」の2階がよかった。壁一面がロックガーデンになっていて、シダや観葉植物が生繁り、蘭の花なんかが垂れ下がっている。高級感がありました。

 夕方前の午後のひととき、髪をこれでもか、というくらい美しくセットしたご出勤前のピカピカのおねえさんとクラブ活動に励む紳士風がフルーツポンチやコーヒーを前に、なにか静かに会話を交わしている。(同伴出勤でしょう)。銀座だなぁ、と思いましたね。

 この「千疋屋」の2階は、ナマイキにもぼくの秘かなデートスポットでもありました。

 その「千疋屋」がいつのまにか消えて、銀座では今の場所になり、スペースもかなり狭くなった。

 西五番街のフランス、ベルギー系のスイーツ行列を目にしたぼくは、ちょっと国粋的(?)な気分になり、(銀座には「千疋屋」があるじゃないの、ここでフルーツポンチにしよう!)と思い立ったのだ。

 フルーツポンチといえば……まだ小学2〜3年のことかな、姉が映画館にひとりで行くのは嫌だったらしく、ぼくも連れて行かれた。姉が見る映画なんて、そのころのぼくは全然興味ないわけですよ。(でも、『赤い靴』や『ホフマン物語』を見たことはなぜか憶えている)。

 シブるぼくに、姉は映画を見終った帰りには駅前のパーラーに寄るから、という餌でぼくを納得させたわけだ。そんなとき、たいていぼくはフルーツポンチを注文した。桃やイチゴやリンゴも美味しかったけど、とくにシロップね。これが、フルーツの味がする甘さで、たまりませんでした。心がトロケてしまった。まさに甘露。

 フルーツポンチは、幼い日々のあれこれを思い出させてくれる。幸せ感いっぱいの下町・駅前のフルーツパーラー……。しかし、大人となってからは、名にしおう名店「千疋屋」のフルーツパーラーだ。

◉「銀座千疋屋」のショーケースをじっと見入る。
 ショーケースの前に立つ。なになに、フルーツポンチが1050円じゃないの。ショコラの店の値段が頭に残っているので、とても安く感じる。(行列してまでスイーツを求めるなら、日本人としては「千疋屋」があるじゃないですか!)と、何か、胸を張る気分で2階のパーラーへ。(1階はフルーツの店)。

 と、入口の前のベンチに、買い物袋を手にした女性客が並んで座っている。えっ? ここも席待ちですか! 平日の銀座と、ウィークエンドでは、こうも違ったのですか! 「千疋屋」はあきらめよう。フルーツポンチよ、出直します。

(ともかく、今日はこの付近から離れよう)、ということで銀座通りを新橋方向に歩いて行くことにする。気持ちは国粋的になっているので、汁粉か、ぜんざいにしよう。くず餅だってOKだ。

 もくろみははずれた。「銀座立田野(たつたの)」「とらや」も席待ちの客が……。うへーっ。ちょっと途方に暮れる。「とらや」の店の横に出ている占いさんに、どこに行けばスンナリ入れるか占ってもらおうか、などと面白半分なことが頭に浮かぶ。

◉宵闇迫る「ウエスト」の店頭。よき銀座人に人気の店。
 気を取りなおして、さらに新橋方向に行く。心なしか、ネオンの明かりも暗めになり、人通りもめっきり少なくなる。よしよし、「ウエスト」へ行こう。あそこで季節がら、マロンのケーキとコーヒーで、心を落ちつけよう。と、扉をギィと押すと、えっ、今日はなにか貸し切りパーティか集会ですか? という状態で、店内、みっしりご婦人がたの姿が。

 アウト!(今日はダメだ)と完全にギブアップ。私は銀座のスイーツ難民か! とはいえ、手ぶらで帰る手はないので、ショーウィンドウの中に並べられているマロンケーキ441円(税込)を4つほど手みやげに。これを持って神楽坂の隠れ家的バー「トキオカ」で品評会といこう、という仕儀となった。

◉「トキオカ」でワインとマロンケーキを賞味。
上はアーモンドのプラリネ。中に栗の実が。
 さて、その5日後。当然、リベンジ。「千疋屋」だ。フルーツポンチだ。で、店の前までくると、テーブルにワインのボトルが並び、試飲のサービスをしている。11月21日。そうだった、今日はボジョレーヌーボーの解禁の日だった。

 差し出されるヌーボーの香りを口に含んだまま、階段を上り、パーラーへ。

 平日なので席は空いていた。しかし、ほぼ満席。男性はぼくの他に中年の女性連れが2組。ま、当然、女の園でした。

 ところで──、お店のお嬢さんから手渡されたメニューを見て、ぼくの口からは、「このマロンショートケーキに、エスプレッソ」という言葉が出ていた。フルーツポンチはどうした! しかし、一度口に出した注文を撤回するほどの理由もない。

◉「銀座千疋屋」のマロンのショートケーキ。スポンジの中にもマロンが。
 そうなんだ。この季節ですものねぇ。先日の「ウエスト」の余韻もあったのか。なにか、本能的に栗系のものを頼んでしまったのかもしれない。と、すると、本命はやはりモンブランでしょ、栗をたっぷりと使った。

 よし! モンブランを追求しよう。次回はモンブラン登頂記だ。さて、このスイーツ名山、イタリア側から登るか、フランス側から上るか。 甘い雪崩(なだれ)なら大歓迎である。

 余談ですが、この日の昼、駅ビルの中を歩いていたら、人気おにぎりチェーン店のメニューに「季節限定 甘栗五穀米おにぎり」が。えっ、スイーツおにぎりですか、と思いつつも、当然、試しにと1個注文。もう一つは甘さをセーブしたいために高菜おにぎり。プラス、キンピラと味噌汁付で580円でした。物の値段って不思議ですね。


(第5回おわり)

著者プロフィール

坂崎重盛(さかざき しげもり)

東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』および弊社より刊行の『「絵のある」岩波文庫への招待』、『粋人粋筆探訪』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。