高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
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vol.20「木のはなし」  
 木彫家のコラムなので、そろそろ素材である“木”の事を書かねばなるまい。
 展覧会場でもお客様から素材についてのご質問は随分頂くので、ここで少しご紹介とご説明をしたいと思う。
 
 いわゆる彫刻材と呼ばれるものは、代表的なもので、檜楠欅朴桂榧……、などなど様々。「代表的な」と書いたのは、過去に仏像や工芸品や美術品などにより多く使われてきたということであって、いってみれば「彫刻材」というのは愛称のようなものであり、実際には決まり事はなにもない。ただし、木によっては、とても堅いもの、柔らかいもの、りや狂いや割れに対して安定したもの、動きの大きいもの、木目の美しいもの、大らかなもの、ヤニの出るもの、出にくいもの、そういったそれぞれの特徴があるので、そこから自分の創るものに合わせて選ぶことになる。なにより五感で接するものなので、自分との相性というのも大事な部分だ。

 そんな様々な木の中から、美術大学の彫刻科に入学すると、今も昔もまず手渡されるのが「楠」。一般的にはわりと堅木の部類に入るのだけれど、彫刻材としてはとても彫りやすい。幹も太く育つので、材としての量が比較的たっぷり採れるところも重宝されている理由かもしれない。以前はそれに加え価格も手頃であったのだけれど、年々、楠自体が採れなくなってきていることから値上がりしていて、同時に太くて目の詰んだ材も少なくなってきているのが現状だ。金属や粘土などと木材との大きな違いは、塊になればなるほど価値が高くなるという事。金属や粘土は目方が倍になれば価格も倍だけれど、木材は太さが倍だと、価格は何倍にも跳ね上がる。そして、なによりその質によっても価格はピンキリだ。木材を取り巻く状況は厳しくなる一方なので、美術大学で楠を支給する事が出来るのも時間の問題かもしれない。
 
 話が少し逸れたが、そんなことから自分自身も発表当初は楠をメインに扱っていた。代表作の「ぬけない棘の狼」や「月夜のテーブル-Cougar-」「ぬけない棘のエレファント」などの動物の作品には、この楠を使っている。鑿跡や木目が大らかなのも、雄大な動物にはとても合っている。その後、作品にもっと繊細な表現や細かな加工などが必要になると、よりそれに適した「檜」も使い始め、今では楠檜を作品によって使い分けている。なにより、檜はとても安定していて、狂いが少なく割れも少ない。それは重宝なのだけれど、木目がとてもキレイすぎて、優等生的。欅などもそうなのだが、作品を観てもらう以前に「どう? この木目、素晴らしいでしょ」そんな感じが木目を活かした仕上げの作品にはどうも邪魔する。なので、檜を使った作品は漆等で塗り込み木目は消してしまう。    
 加えて、部分的に強度が心配な箇所、尖った部分などには黒檀樫などのとても堅い木を用いることもある。

 さて、それらの木材、一体どこで買ってくるのか?
 もちろんホームセンターや東急ハンズのような小売店でも木材は売っているけれど、彫刻に使えるような大きな材はもちろんあるわけがない。
 そこで、自分の場合は小田原で木材業を営む山口製材というところにお世話になっている。美術大学を卒業してから今日まで、もうかれこれ13年ほどのお付き合いになる。木材業者は数あれど、楠欅を丸太売りしているところは少なく、主に東日本一円の美術大学や彫刻家の多くはここで買い付けている。
 
「木材業者など何処にでもあるだろう」と思われるかもしれない。確かに、都内でも10センチ角くらいの柱材をたくさん並べ、立て掛けてある商店をよく目にする。あれらの商店はいわゆる材木商。そのほとんどが建築材だ。それに対して、山口製材のような木材業者は丸太のまま扱うので置き場所だけでも、非常に広大な土地が必要となる。しかも楠欅などは我々作家にとっては高額なものだけれど、いわゆる銘木のような飛び抜けた高額商品でもないため、その保管場所はもちろんのこと、加工や運搬機材にかかる経費などを捻出するのは、それは大変な苦労で、それら条件全てが街の材木商とは比較にならない。そして、一番の違いは、輸入材などを右から左に流すだけの木材商と違い、は山師との信頼関係が全てなのだ。山師は我々がお金を持っていって「売ってくれ」と頼んだところで、 譲ってくれるものではない。代々100年以上、間伐(かんばつ:山に陽が入るよう、成長の悪い木を伐採して間引く作業)や枝打ち(えだうち:節の無い木にするために若いうちから枝を落としていく作業)などの重労働を重ね手塩にかけて育ててきた、限られた貴重な木材。その中のさらに良いものとなれば、長年信頼関係を築いた木材業者しか相手にしない。だからこそ木材業とは誰にでもおいそれと出来る商売ではないのだ。そして単に儲けだけを考えたら成り立たないこの仕事を、この山口製材は社長の心意気一つで今日までやってきてくれている。それらの苦労が分かるからこそ、そこから材を手にした我々もまた一つひとつ時間をかけ、そして作品として大事に新しいを吹き込むのだ。画材屋さんでパッと買い揃えられるわけではなく、彫り始めるまでにも多くの人の手と苦労と心意気が必要な彫刻作品。全国の画商さん、彫刻っていかにお買い得かお分かり頂けますか?
 
 
 さて“丸太売り”と書いたが、これがなかなか圧巻な光景で、幹の太さが30センチくらいのものから1メートルを優に超えるような大木までが、背丈より高く積み上げてある。この中から、自分の作品に合った1本を選び出す。そして、木目やその木の持つクセを読みながら木取り(きどり:大きな材から必要量を切り出すためのプランニング)をし、製材を依頼する。
 このような丸太売りの楠欅などに対して、檜は需要や流通の違いから、すでに2メートルほどの長さ、10〜20センチくらいの幅で製材したものが並んでいて、その中から選ぶこととなる。
 
 数ある材の中から選ぶポイントは幾つかある。まずは材の必要量としてのサイズ。もちろん大作を創る際は一本からは全て採れないので、寄せ木(よせぎ:幾つかの材を張り合わせる技法)することを前提に必要量を決める。そして、木の質。年輪が詰んでいるかどうか、節の有無や場所、白太(しらた:年輪の外側の白い部分。まだ若い部分で造形に適さない)の量、色味、匂いなどなど。また、檜はある程度のサイズにすでに製材されているので、手で表面を触ったり実際に持ち上げてみることで、「この檜は彫りやすそうだな」「いまいちクセがありそうだな」そんな風に感じ取る。じゃあ何をもってそう感じるのかといえば……上手く言葉にしづらい。これはもう経験による感覚なのだ。うん、正直に言おう。その昔、籔内先生の工房でアシスタントをしていた頃、工房内にストックしてあるたくさんの檜の中から使う材を選び出す際、当然彫りやすい材の方が良い。ただでさえ大変な作業、少しでもストレスなくスムーズに、幾らかでも楽をしたい、そんな下心で材を選んでいるうちにいつの間にか目が利くようになった。人間とはこうして進歩するのだ。  
 このように慎重に選び出した材木。数日後、大きなトラックに載って我が工房に届く。切り倒された一つのである。
「心して良い作品にしなければ」──この事だけは昔からいつも肝に銘じている。
 
 さてさて、そんな木匠 山口製材。東京から小田原まで買い付けに行くのもちょっとした旅行気分、楽しいものだ。
 なにより、山口社長をはじめ皆が家族のように迎え入れてくれるのが嬉しい。ひと通り買い付けを済ませた後は、山口社長はいつもの焼酎梅割り、下戸の僕はお茶を啜りながら、「最近どうなんだ?」に始まりまずは近況報告。じきに芸術論から森林問題まで様々、熱い話は夜が更けるまで続く。
 
 そう、材木選びは木材業者との良き関係から始まるのだ。



(2009.03.27 おおもり・あきお/彫刻家)
 
取材協力:山口製材株式会社
神奈川県小田原市中町3-9-35 Tel.0465-22-3533
NPOコモン
http://www.common-odawara.com/



次回のvol.22では、これら木材のさらに源、「山のはなし」をしたいと思います。
もちろん山口社長からの受け売りであることはいうまでもありません。