高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。
vol.14「ワークショップ」  
 
 モノを創ることが少しばかり得意だからといって、教える事も上手かというと、話は別だ。とはいえ、これまで専門学校で教鞭をとったり、ワークショップを受け持ったり、はたまた中学・高校の美術の先生方相手に漆の技術指導なんてことをやらせて頂いた事もあった。いささか宣伝じみてしまうけれど、なにより毎週末ウチの工房を開放して木彫教室も開いている。
 僕自身の指導力なんてものは、教え子やそれぞれ参加された方々に評価してもらえればよいことなのだが、その実本人は、あまり上手だとは思っていない。けれど、モノを創るという行為は誰しもを童心に返らせるチカラを持っていて、彼らが普段では見せないような表情で打ち込むその姿を見るにつれ、当初“教える”側だった自分がいつしか一番感動させられているのだ。
 
 先のゴールデンウィーク、新宿高島屋が小学生対象のワークショップを企画するにあたって、講師役として僕に白羽の矢がたった。昨年の画廊オープニング個展他、新宿高島屋さんにはいろいろとお世話になっているので、お役立てる事があれば何でもやらせてもらいたいと思ってはいるのだけれど、正直今回のワークショップのお話には当初すこし頭を抱えた。
 その内容は「10人くらいの子ども達と一緒に、木を使った巨大オブジェを作る」というもの。当日作業できる時間は二、三時間。しかも今回参加するのは小学生。木彫家に依頼するくらいだから木を素材に使って欲しいという主旨や気持ちもよーく分かる。分かるのだけれど…うーん…これは困った。
 普段、僕自身の制作でも大作となると数ヶ月の時間をかけるもの。そして素材は扱いに慣れや経験が必要な木。なにより今の御時世、子どもに刃物を持たせてなにかケガでもさせようものなら、それこそ次の日のニュースで高島屋のトップが謝罪会見、なんてのも冗談ではない話。
 けれど、難しいお題ほど燃えてくるもので、当日までの数ヶ月、担当者と何度かの打ち合わせを重ねた後、この幾つかのハードルを無事クリアーする企画がまとまった。いやぁ、我ながら名案名案。
 さて、その内容とは……。
 
 普段、自分の制作でも使用している楠(くす)という木材がある。メンソール系の良い香りがして、昔は防虫剤の樟脳(しょうのう)を採っていた木だ。香りもいいし、子ども達も喜ぶだろう。素材はこれを使用。
 木というものは、生えている方向に縦に板にするととても丈夫なものだけれど、バウムクーヘンのように輪切りにスライスすると、非常にもろいという性質があるので、そういった端材は木彫にはほとんど使えない。今回のワークショップでは、逆にこれを使うことにした。輪切りにスライスした木片なら、子どもの力でも簡単に手で割る事ができる。これを活用してモザイク画のように何か絵が描けないかと考えた。当初はドラえもんとかピカチューなどのモチーフも話し合ったのだけれど、著作権等の問題もあるし、それに茶色のドラえもんでは子ども達も喜ぶまい……。あれこれ思案の末、みんなの力を合わせて世界地図を描くのが良いんじゃないか、という案に決定した。著作権フリーで、しかも小さい子どもから大人まで、誰でも知っているモチーフとして世界地図はもってこいなのである。
 
 三月中旬くらいから、店内や新聞折り込み広告などでワークショップ参加希望者の募集を開始。幸いにも随分と多くの申し込みがあったようで、抽選の末、予定より少し増やして15名の子ども達が参加することになった。

 4月26日、少し肌寒い陽気ではあったけれど、いよいよ本番当日。幼稚園から小学校三年生くらいまで、応募してくれた子ども達が玄関前広場に集合する。子ども達同士もほとんど初対面、すこし緊張しているようだが、それ以上に緊張しているのはこの自分。なにせこんなに小さい子ども達相手のワークショップは、初めての経験なのだ。
「おおもりせんせー」の呼びかけにイザさっそうと登場。子ども達との格闘の幕開けである。もうそこからは無我夢中、“自己紹介”から始まり、“木のおはなし”と“はじめての鋸(のこぎり)体験”。そして創り上げる世界地図の説明をしてから、いよいよ制作が始まる。
 子ども達は次々と目の前で起こる初めての体験に、そのつど小さい身体をのり出して、キラキラした目で興味深げに耳を傾ける。思えば、都会の中で育った子ども達には、こんな木の塊を見たり手にする機会なども、なかなか無いのだろう。お刺身は知っていてもその魚が泳いでいる姿を知らなかったりするのと同じように、普段使っている割り箸やお椀などが、元々どのような姿のものから加工されているのか知っている子ども達も少ないのかもしれない。
 それにしても、こういう地道な作業ほど、それぞれの個性が出るものだ。端からキッチリ貼っていく子、思いつくがままにペタペタ貼っていく子、見ていると実に微笑ましくて楽しい。自分も子ども達に混ざり、ボンドまみれになって制作すること約二時間。やがて眺めているだけでは物足りなくなった親御さん達まで、1人また1人と飛び入り参加。「残りあと10分です」と声をかけると、満足げな子ども達をさしおいて、親御さんから「え〜、もう!?」の声が上がるほど。いやはや、モノ創りというものは本当に不思議なチカラを持っている。






 
   
 そして最後の仕上げ。巨大な世界地図にそれぞれ自分の名前を書いた船を浮かべて、ついに完成!
 わんぱくな子、シャイな子、おませな女の子、面倒見のよい子、いたずら好きな子、人なつっこい子、プロレスしていた男の子、仲良し姉妹、みんなみんな最高の笑顔を見せてくれた。      作品完成おめでとう!

 その後、この世界地図は店内2階のウェルカムゾーンに5月13日まで展示された。
 素敵な作品を創り上げた子ども達みんなに拍手!!

 
(2008.06.23 おおもり・あきお/彫刻家)  
 
 
 
  追記)展示に際して以下の文章を寄せた。
  今回、15人の子供達が力を合わせて、こんなにも大きな世界地図を完成させました。素材に楠(くす)という木を使い、薄く輪切りにすることにより自由に手で加工できる木の特性を活かして、モザイクで陸地を創り上げました。 ご覧頂けるとおり、子供達が一生懸命に木片の一つ一つをつなぎ合わせて創り上げた世界地図に、一切の国境はありません。そんなボーダーレスで平和な未来を、是非とも彼ら子供達に託したいと思います。
2008.4.26
彫刻家 大森暁生