高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
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vol.12「imagist」 

 僕の髪の毛が金色になってから、かれこれ11年くらいになる。金色といってもマッキンキンではなく、いわゆるメッシュというやつ。春から夏、暖かくなってくるとメッシュもより金色が増し、秋から冬、肌寒くなってくるとちょっと抑え目のアッシュ系、といった感じでそのつど変化を楽しんでいる。
 今ではキンパツ大森暁生も友人知人皆、気にも留めないくらい板に付いたといおうか、見飽きられたといおうか、ともかく馴染んでしまったけれど、最初このメッシュというやつを入れた時は、それはもう、本人にとっては相当なチャレンジだったのだ。11年前というと、ちょうど「カリスマ美容師」ブームの真っ盛りの頃ではあったが、ブームといってもやはり中心は女性のものであり、男性のカラーはまだまだ一般的ではなかったと思う。しかも当時僕は 25 歳。10 代の頃に “ 茶髪 ” にしていたヤンチャ小僧が「そろそろ就職もあるし黒髪に戻そうか」という年頃である。そこへきていきなり人生初のメッシュを入れたわけだから、当時上司だった籔内先生からは「茶髪の若造」呼ばわりで、同僚にも朝出社するなり
「大森さん一体どうしたんですか??」と心配されるありさま。  
「茶髪じゃなくて“カラー”なの」と訴えたところで茶髪は茶髪。
そんな感じだった。

 けれど、そもそもなぜ遅咲きのカラーデビューをしたのかというと、これがけっこう生真面目ないきさつなのだ。
 当時はまだ自分の作品というものを発表し始めたばかりで、ちょうど初めて狼の作品に取り組んでいた頃だった。「狼の頭になにか象徴的なモノを付けた作品にしたい」と彫り始めたものの、その“象徴”の部分でパタッと手が止まってしまった。当初イメージしていたものを付けてみたら全然ダメで、そこからはもうドツボ。何にもイメージが浮かばない。今だったら「これがダメならあの手でいこう」なんて、あれこれ頭の中の引き出しを探るところだけれど、その引き出しすら全然ない。当時は実家の片隅わずか3畳ほどの板の間で制作をしていたのだが、どうあがこうと悩もうと、あれこれ美術書を開こうと、その小さな狭い空間から突破口が見つかるようには思えなかった。「これはもうまともに悩んでも無理だ。今までの自分が絶対にしないような事をやって、気持ちを思い切り全部入れ替えよう」という結論に達した。けれど「さて、じゃあ何をしよう……」と次の悩みにぶつかるわけだが、ちょうどテレビをつけると女優の吉田日出子さんがカッコいいアニマルっぽいメッシュの髪の毛で映っていた。「あ、これだ」。そう思っちゃったのだ。
 けれどそれまで散髪といえば近所の床屋さんしか行ったことがない自分が、どうすればカッコいい“メッシュ”に出来るのか? どういう風にするのが今風なのか? どうお願いすればいいのか? まったく分からない。近所の床屋さんを信用していないわけじゃないけれど、「とにかく表参道の美容室に行けばなんとかしてくれるだろう」という結論に達する。まったくもって他力本願なのだ。
 
 しかし「知らない」というのは恐ろしいもので、表参道の美容室も飛び込みで行ったものだからことごとく「予約のお客様でないと…」と門前払い。しかもあんまりガラス張りで丸見えのお店は嫌だし、女の子チックなお店は恥ずかしいし……と優柔不断に歩き回る。今から思えばほんとすごい。情報なし、勘のみ。で、ようやく2階が店舗で外からも中が見えない、ちょっと大人っぽい美容室を発見。恐る恐る「予約してないんですけど……」と入っていくと、すごく広い大きな美容室で席もたくさんあって、すんなり「どうぞ」という返事。その時の自分にとっては、いよいよ“生まれ変わり”の許可をもらったような気分なのだ。  
 
 そしてそこがimaiiというヘアーサロン。原宿に3店舗、他県に2店舗、今では表参道ヒルズにも出店している老舗ヘアーサロンだ。それから今日まで、ずっとそのお店。当初お世話になったスタイリストさんとカラーリストさんは途中お店を変わられてしまったのだけれど、次に担当して下さったお二人にはその後十年来ずっと僕の髪の毛を託している。そのお二人の腕が超一流なのはもちろんの事、あの「カリスマ美容師」ブームから十年以上経って、幾つもの美容室が入れ替わってゆく中、この老舗を嗅ぎ分けた自分の嗅覚はなかなかじゃないか。まぁ、自分が知らなかっただけで当時から有名なお店だったのだけどね。  
 
 2〜3ヶ月に一度行くimaiiは自分にとって貴重な気分転換の場所。カットとカラーで数時間はかかるけれど、いろんな事を考えたり頭の中を整理したり、新しい刺激を受けたり。テキパキと動き回る新人さん達を見て「自分もがんばらないとなぁ」と励まされたり、ほんとに心地よい時間。
何より創作をする上で、時代勘というか“今”の雰囲気というものを吸収するためにも、自分にとってとても必要な時間と場なのだ。
 
 
 そしてなんと今回、この自分が今月4月の一ヶ月間、imaiiホームページのトップ画面を飾らせてもらう事になった。昨年くらいから始まった「imagist」というページ。imaiiのお客さんの中から毎月一人をフィーチャーして、トップページを飾るとともにインタビューでその生き方を紹介するという企画だ。このページはとっても刺激になり面白くて、以前から時々覗いてはいたのだけれど、まさか自分が……。トップページにはポートレートの横に「何が起こるかわからない こんな面白い仕事はない」と抜粋して書いてあるけれど、この“にわかモデル体験”こそが「何が起こるか……」そのものなのだ。
 予約の取り方も知らなかった田舎モンが、11年たってお店の看板を務めさせて頂くとは、人生はほんとうに何が起こるか分からない。
 
 
 ところで、11年前に行き詰まってしまったあの狼の作品。その後はというと……。
 髪の毛にメッシュを入れた途端、何故だかすんなり制作が進み「ぬけない棘の狼」という作品に仕上がった。今では自身のファクトリー・マークにもなっている大切な代表作だ。
「壁にぶつかる」なんて、案外こういう“気持ちの生まれ変わり”で乗り越えられるものなのかもしれない。

(2008.04.17 おおもり・あきお/彫刻家)
■大森暁生 モデル初体験の勇姿? はこちら。
imaiiホームページ
http://www.imaii.com/
imagistインタビューページ
http://imaii.laff.jp/imaii/cat2486382/index.html