高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
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vol.10「上村一夫さん」  
   上村一夫(かみむら・かずお/1940〜1986)さんという劇画家をご存じだろうか。おそらく団塊の世代とよばれるくらいの年代の方々には『同棲時代』という代表作で広く知られていることと思う。しかし、現在36歳の自分くらいの世代になると、残念ながらもうほとんど知られていない。というのも上村一夫さんは一時代を華やかに飾った売れっ子劇画家であったにも関わらず、弱冠45歳という若さでこの世を去っている。もし存命ならば間違いなく今も人気劇画家の一人として活躍されていることだろう。なぜなら、その切れのある艶やかな筆画は “昭和の絵師”とも称され、独特の世界観は現代でも充分すぎるほど鮮烈で美しい。かのクエンティン・タランティーノ監督も上村作品には強い影響を受けていて、『キル・ビル』には上村一夫さんの『修羅雪姫』という作品の1シーンをダイレクトにオマージュしたカットがあるほどだ。  
 
   そんな上村さんを僕が初めて知ったのは今から九年ほど前に遡る。近所の書店の棚に並ぶ多くの漫画の中、文庫版でしかも背表紙しか見えなかったのにも関わらず、蒼白い表紙に毛筆体で書かれた
という文字に何かゾクッとくるものがあり、思わず手に取った。中を開けた瞬間、艶のあるその美しい画風と独特の雰囲気に運命的な出会いと相性を感じ、作者もストーリーも知らぬままその1冊を購入した。
『凍鶴』は芸者の卵「仕込みっ子」と呼ばれる主人公“つる”が様々な人生経験を積みながら前向きに、強気に生き、やがて店一番の一本芸者へと育っていく物語。
 そのストーリーは、娯楽という枠をはるかに超え、“生きる”とは何か、“自尊”とは何か――“喜び”とは、“哀しみ”とは――そんな人間の根元的な生命力を熱く、また時に残酷なまでにクールに語りかけてくる。そしてページを読み進めるほどに、その主人公“つる”をたまらなく愛おしく思う気持ちがこみ上げてくるのだ。
 
 当時、自分は初個展以来 という作品を自分のライフワークのように制作していた。その背景には、モデルになってくれた一人の女性の存在があった。彼女の強く前向きな生き方は、この頃の自分にものすごく大きな影響を与え、それまで自分が持っていた価値観すらも驚くほどに前向きに変わった。だからその想いをどうにか昇華させたくて、 “人の心に翼を与えてくれる精霊”と
いう姿へと具現化させたものが「翼霊」という作品であった。 
 
 
 そんな折りに出会った『凍鶴』という上村作品。自分の中の「翼霊」とあまりにも同じ匂いがして、驚きとともに、そういう作品世界を描く先人が居たことに何かとても嬉しい気持ちになった。
 それから約一年をかけ、その想いを込めた「翼霊」の新作を創り上げ、ご遺族である奥様、お嬢様のご了解・ご協力のもと、貴重な原画をお借りして、彫刻と同一空間に展示した「大森暁生展 上村一夫へのオマージュ」という個展を2001年に開催した。だからこの個展は、上村一夫さんに対しての僕からの敬意と感謝と挑戦の集大成だったと思う。そして、今でも自分の中で特別なものであったと思うし、“表現”という仕事に就いた自分が「創らなければならない」という使命感に燃え、ものを創るということへの純粋な衝動やその意味までも、強く考えさせられた発表だった。
 
 上村作品は今も変わらず自分にとって、とても大きな影響を与えてくれる。スポンジが水を吸収するかのように、物語の1コマ1コマが自らの血や肉となって心根に染み入ってゆき、自分を成長させてくれるのがわかる。だからこそ上村作品は自分にとっての宝物であり、1冊1冊探し集めたそのコレクションは今では100 冊近くになる。けれど、その中にはまだ読んでいないものもある。なぜなら、それは自分が創り手としてこの先なにか壁にぶつかった時、悩んだ時、そしてこの先を照らす明かりが欲しい時、そういう時にこそ読もうと大事にとってあるからなのだ。

 きっとその時、上村作品はまた新しい感動と刺激を僕に与えてくれるに違いない。

(2008.03.17 おおもり・あきお/彫刻家)
 
ここでお知らせ。
上村一夫さんの原画展が近々開催されます。
なかなか見ることの出来ない貴重な原画の数々、ぜひ足を運んでみてください。

昭和の絵師
上村一夫 原画展「幻の一枚絵」
期間 2008年3月20日(木祝)〜3月26日(水)
時間 12:00〜20:00(最終日は18:00まで)
会場 フラスコ 東京都新宿区神楽坂6-16 tel.03-3260-9055

主催
上村一夫オフィス お問い合わせ:info@kamimurakazuo.com
上村一夫ウェブサイト:www.kamimurakazuo.com