高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
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vol.3「彫刻と家具」  
 僕に限らずとも、展覧会や個展をしている彫刻家は、お客様から必ずと言っていいほど「彫刻は絵と違って飾る場所がなかなか無いから大変ですよね」なんて事を言われる。たしかに我が国の住宅事情では“垂直な面は飾る場所”、“水平な面は使う場所”という認識が無意識のうちにあるのかもしれない。ゆえにそのお客様の言うとおり彫刻ってものを生業として生きていくのはとっても大変なのだ、うんうん。
 ん? ……いや、ちょっとまて。だって友人知人宅、それこそウチの実家だってよくよく見てみるとタンスの上だとかテレビの上、一応の飾り棚らしきものなど、その家々のそれなりのハレの場所には、いつか誰かにもらった日本人形だとか、大理石に埋め込まれた止まったままの金縁の時計、なんの優勝だったかはとうに忘れているトロフィー、しまいにはハイライトの包み紙で端正に作られた白鳥、そういったモノ達が何年もの間、その場所に大事に(?)飾られているではないか。
 いや、決してこれらのモノを馬鹿にしているのではない。日本人だってこの住宅事情の中、別に立派な床の間なんかなくたって、高価な美術品なんか持っていなくたって、立体物を飾って楽しむという事をけっこう自然と生活の中に取り入れているのだ。であれば「彫刻は置き場所が無い」なんていうイメージを、彫刻ゆえの立体性を言い訳にしてはいけない。
 
 そんな事を自分に言い聞かせながら2004年のBunkamura Art Show出品の時から発表し始めたのが家具としての彫刻作品である。これは自分の作品の中でも、一つのラインとして現在でも創り続けているのだが、当初は実験的に始めたものだった。たしかに立体物、とりわけ大きなモノはそうそう自宅に飾る場所などないだろう。反面、ここ数年都内にはインテリアショップが次々とオープンし50万円、100万円といった高級ソファやテーブルが売れているという。しかもその購入者はいわゆる豪邸を持った富裕層だけではなく、30代くらいの層が少し頑張って購入するらしい。「そうか、家具なら置く場所はあるんだ」そんな事が発端である。けれど餅は餅屋――、世には家具デザイナーという優秀な人達もたくさん居るし、何事においても日々その事だけを考えている人には、そうそう勝負出来るものではない。いやしかし、世の中には常に流行りというものが存在し商業ベースのデザイナー達は少なからずそれに縛られるせいもあるのか、見渡してみると北欧ブームだとかシンプルデザインだとか、とにかく世の中にあふれている多くの家具はそのほとんどが似た方向にあることにむしろ違和感もある。
 元来、天の邪鬼な性格もあるのだが、以前からアール・デコとかアール・ヌーヴォーのようなデコラティブな様式が大好きな自分としては、そういった方向にこそ自分の創るべき家具のカタチがあるような気がして、そこでなら家具デザイナーにも向こうを張れるかもしれないし、そう決め込んでからは自然と一つずつ作品が生まれてきた。
 
 最初に創ったのが「月夜のテーブル -Giant tortoise-」。直径140センチの大型ローテーブルである。写真を見て頂ければ一目瞭然、水から顔を出したゾウガメをモチーフとしたテーブルだ。そして「月夜のテーブル -Cougar-」。このテーブルの前に座った者は「なんだお前は?」と言わんばかりに水場に来たクーガーの鋭い眼光に睨まれる事になる。
 「Two Anacondas trapped in the frame」は高さ160センチあまりの姿見で、そのフレームのまわりを大蛇アナコンダが絡み付いている。アナコンダの頭は、実体は1つなのだが鏡に映るもう1匹の姿があり、両者の体は鏡のこっち側の世界と向こう側の世界を行き来しながら絡み合い、最後尻尾の先は2匹分実体として存在する。ややこしいね、写真を見て頂きたい。
 そして、同じく鏡のトリックを使った「Butterfly in the frame」。フレームの中、軽やかに浮遊する1匹のアゲハ蝶の姿を、彫刻を通して鏡という家具に落とし込んでみた。この鏡の作品はその後もタランチュラ、ツバメ、コウモリと様々な種類を発表してきた。
 
 
 これらの作品、家具としては全く優れていない。テーブルとして使うにも主人公が真ん中にデンと居座っているし、鏡を覗いても自分の姿の前でモチーフが邪魔をする。けれどそれでいいのだ。実用的で、折りたためたり、スタッキング出来たりする便利な家具は優秀なデザイナーに任せておけばいい。それよりも毎日目にするたび、ちょっと話しかけたくなるようなそんな家具が自分らしい。
 おかげさまで、幸いこういった作品達はずいぶんとお客様の手に渡るようになり、それぞれのお宅の玄関や居間、和室、トイレ、ベッドサイド、さまざまな場所で楽しんで頂いている。生活の中に自然なカタチで自分の作品を取り入れて頂けているのならこんなに嬉しいことはない。
 
 そして今年の春、新宿高島屋で開催した個展の際にも、メインの作品として家具彫刻の新作を発表した。世界最大の淡水魚「ピラルク」をモチーフとしたダイニングテーブル「月夜のテーブル -Pirarucu-」だ。この個展は「Lunatic party」と名付け、その新作は会場中央でこの濃密な空間にひときわインパクトを与え、幸いにも大変好評を頂く事が出来た。そしてこのテーブルも先日めでたくお客様が決まり無事納品を終えた。今回のお客様は個人宅ではなく美術画廊。そちらの社長室の応接用テーブルとして、使って頂く事となった。この作品を応接用に使おうとは、カッコイイ社長ではないか。この先、ここにやって来るたくさんのお客様や作家達の驚く顔を想像するとワクワクしてくる。

 これら家具としての作品達、お客様には「すごいアイデアですね」などとお気遣いも含めてお褒めの言葉を頂くのだが、確かにアイデアは制作にとって必要不可欠ではあるけれど、大事なのはアイデアよりも“衝動”だと思っている。


 
  「自分には今こいつを創る必要がある」という衝動。自分の作品には常に“そこに居る情感”が宿って欲しいと思っていて、けれど“衝動”よりもアイデアが優先してしまった時、生々しい“情感”はクールな“デザイン”にすり替わってしまう。その際どい感覚を見失わないためにも「月夜のテーブル -Cougar-」は、実は我が住まいの食卓として日々僕と生活を共にしているのである。

(2007.10.06 おおもり・あきお/彫刻家)