昨日の立石でのロケ、やはり半端ではないですね。あの町の濃さは。なんてったって元世界チャンプが平気で居酒屋で飲んでいる町ですから。

 それに安くていい店が、そこここにある。と、言っても常連さんが日々大切にしている店は、ビジターはそれなりの礼節をもって訪れなければいけないでしょうね。ときには何かの都合で入店を断られることもあるかもしれませんが、気分を害さぬよう。

 ま、くわしくはBSジャパン「酒とつまみと男と女」をチェックしてみて下さい。
 で、この日のロケもトークが抜群に面白いママの参戦もあって)無事終了。ゲストさんたちと(「もう一軒行きますか!」と話しているとき、出てきた店の中から誰やら、女性の声で「○○へ皆で飲みなおそう!」という威勢の良い提案が、それを聞いた一之輔師匠、おびえ顔になり、「シゲモリさん、われわれは遠慮しましょう。明日、早いって言ってたじゃないですか」、と横丁の暗闇に引っぱって行かれる。

 危なかった! 一瞬、女性の声に足が向きそうになったので。ここでブレーキが効いたので終電車にも楽勝で間に合い、今日の朝はスッキリ迎えられ、こうして原稿用紙に向かい合っていられる。

 で、モンブラン、自由が丘「モンブラン」へ女性を誘っての報告です。店のシャレた外観は前回掲載しました。店内は当然のことながら、ほとんど女性の客。しかも、余裕のある生活を楽しんでいる雰囲気の中年の方が多い。

 高齢者、捨翁と美女のカップルは、ちょっとこの場では浮いた感じかもしれない。しかし、そんなことは気にしない。ぼくはもちろんモンブランを注文。彼女はアイスモンブラン。

自由が丘モンブラン
◉自由が丘「モンブラン」の元祖モンブランと、奥はアイスモンブラン
 ほほう! モンブランはアルミの袴がついているいわゆる純日本風モンブラン。山頭の雪ような白いものは、うん、メレンゲでした。マロンペーストの味もスポンジの食感も、あっさりと懐かしく正しいモンブラン。フランス、イタリア的、有名パティシエによる濃厚な味もいいですが、日本の洋菓子屋さんがイメージして作り上げた、このスタイルのモンブランも捨てがたいですね。

 彼女はブレンドコーヒーとのセットメニュー。ぼくは、この後、自由が丘の居酒屋といったら、ここ、「金田」へ寄ることを考えて、舌を苦味で整えるためにエスプレッソを(これはセットメニューには含まれません)。

 ところで、じつは、彼女と「モンブラン」で落ち合うまえ、少し早めに自由が丘に来て、「金田」をチェックしていたんです。「モンブラン」から、歩いて5分程度の所なのですが、横丁の奥にあるため、道順を確認するため。

 「おう、あの看板、看板!」と、「金田」の前に着くと、また開店前なのに、それらしきおじさんが5人ほど。一階カウンターのいい席に座ろうという心づもりだろう。老舗居酒屋系飲み助の鑑(かがみ)といえるでしょう。

 その名店「金田」のシブイ酒肴の話は、また、どこかで。
 さて、ついスルーしていた神田の「柏水堂」のモンブラン。すでに何度か、この「柏水堂」のことに触れているが、ぼくはここでは昔から、マロングラッセ。

柏水堂内装
◉昭和モダンなステンドグラスが美しい神田「柏水堂」
柏水堂モンブラン
◉柏水堂のモンブランの断面。皿やフォークと比較して見て下さい。小ぶりです。
 たまに店内(昭和初期のレトロモダンのインテリアが素敵)でお茶するときは、トリオ(三色)シュークリーム(バニラ、チョコ、コーヒー味)かサバラン。なぜかモンブランを求めたことがなかった。  モンブランを注文する。小ぶりで可愛い。飲み物は紅茶(アールグレイ)。スポンジは、こちらも日本風玉子スポンジで好感が持てる。マロンペーストは、思えば当然のことながら、ここの名物、マロングラッセの味に似ている。

 神保町という場所柄でしょうか、三十代の編集者風の女性が二組。もっとも、この「柏水堂」のイートイン、四組も入ればいっぱいの小じんまりとしたもの。ケーキも小じんまり、お店も小じんまり。町なかの、センスのよい、可愛い、老舗洋菓子屋さん。

 さて、もう一店だけ、モンブランの店へ。ここもしょっちゅう来るのだけど、食べてなかったんです。銀座通8丁目のカフェの老舗中の老舗「カフェーパウリスタ」の人気メニューのひとつ、モンブラン。

cafepaulista外観
◉銀座「カフェーパウリスタ」の外観。
「SINCE 1909」のサインが見える。
 コーヒーとのセットメニューで1080円(税込み)。コーヒーはパウリスタならではの森のコーヒー、パウリスタ・オールドブレンド、ブルーマウンテン、アイスコーヒーの中から選べる。

パウリスタのモンブラン
◉ユニークな山脈型モンブラン。大きなマロンが中心に。
 ここのモンブラン、まず形がユニーク。長方形なのだ。いわば山脈系モンブラン。しかも、スポンジ、クリーム、さらにその下がスポンジ、クリームと段重ね。マロンペーストは淡いブランデー(?)風味。全体としては軽い甘味。

 客層がまた興味ぶかい。女性客もいるが、中高年の男性が商談とおぼしき会話に熱中している。かと思うと、銀座通らしきオールド紳士が中年のオシャレ女性と。

 明治四十年代開店という、この「パウリスタ」の雰囲気にしばしひたった後、レジに向かえば、カウンターには「1978・ヨーコ(オノ)とジョン(レノン)」の絵付け皿が。

 会計を済ませると、「銀ブラ証明書」なる、この店のポイントカードを手渡されました。いいなあ、こういう庶民的(?)なサービス。至極満足な気分で、店をあとにしたのでした。口中に、モンブランの甘味とコーヒー・パウリスタオールドのダンディな苦味の余韻を感じながら。

 モンブランが“売り”の店は、まだまだある。有名なパティシエによる名菓(モンブラン)も。あれこれ食べ残している。しかし、その報告は、この秋まで控えることにしよう。
 他のケーキに悪いしね。ひとまず、モンブランおさらば!

 というわけで、ぐっと趣向を変えて、銀座・某人気ケーキ店での隠密イートイン。ぼくの友人でフランスのクリームチーズとバターの取り引きをプロデュースするO氏が、その店の社長とお知り合いということで、「VIPルームで季節のタルトを味わってみませんか」というお誘いなのである。いいお話じゃありませんか! 「誰か誘っていいかしら?」と聞いたら「もちろん、どーぞ、どーぞ」という答え。

 いいじゃないですかねえ、もつべきものは世間的に格上の、力とお金のある友。超人気で店の前を通ると、前にも報告済みですが「30分待ち」とかいう告知板が出ている店。そうグランメゾン銀座「キルフェボン」です。そこのVIPルーム! O氏と捨翁、むさい男が二人だけで、うっとりするようなケーキを、という話であるわけがない。

 O氏が「なんかあるときに、あのお二人にご協力してもらえるかしら」という、その二人を誘うことにする。もともと、O氏の目論見は、最初から、ぼくなど単なるアテ馬で、本命は、作家のIさんとイラストレーターのAさん、才媛クロペディアのお二人にあったのだ。

 お二人の快諾を得て、銀座ソニービルで待ち合わせ、三人打ち揃ってお店の前まで行くと、もったいないことにO氏がお出迎え。店の中のショーケースの右奥の扉のある部屋に、しずしずと案内される。ちょっと緊張。

 不思議なイメージの小部屋。趣味のいい大人の男の、しかも、フランスかどこかの貴族が遊び心でアンチックインテリアをそろえたような雰囲気。家具、調度、間仕切りが、ひとつひとつ、凝っている。  O氏、自分の鞄から何かを取り出している。お? シャンペングラスではないですか。と、やおらシャンペンも。

 もちろん、コーヒー、紅茶にケーキでもOKですが、泡物となると華やかがちがいますものねぇ。さすがO氏フランス仕込みのサービス!

 ケーキももちろんO氏の選択にゆだねる。なにやら、サービスしてくれる店員の女性と話をしている。われわれがシャンペンで喉をうるおしているうちに、ややあって、ズラリと並べられたのは……。いや、無理ですよ、いくらなんでもこんな種類、こんな量のタルトケーキは食べられないって! しかし、それぞれ、見るからに美しい。

 テーブルの上は、なにか夢の中で花咲き誇る花壇のようでもある。舌なめずりをしながらもO氏の説明を聞く。

 春季のケーキということで、黒イチゴのタルト、マンゴカスタード、熊本県・天草産不知火(しらぬい)タルト、季節のフルーツをアレンジしたタルト、O氏が関係するルガールクリームチーズ、マスカット(トンプソン)のタルト、エトセトラ。

マンゴカスタード
◉そのときいただいたタルトケーキの一部をご紹介。
これはマンゴカスタードとルガールチーズケーキかな。
マスカットカスタード
◉マスカットカスタードとクリームチーズ
黒イチゴ
◉黒イチゴとそのとなりは不知火タルト
 ねぇ、すごいでしょ。ところがですね、これがパクパクペロペロとすんなり口に入っていってしまう。テーブルの上に置かれたときは、(この半分も無理だって!)と思ったのに、なんなんだ、このスムーズ感は。

 もちろん、シャンペンが舌をリフレッシュしてくれることもあるだろう。しかし、それよりなにより、まずフルーツの新鮮さとクリームやタルトの余計なクセのない上品な食感と味かな。台のタルトもホクホクと口の中で溶けてしまうよう。

 ほんと、このゼイタクな情況を自慢しているようで申し訳ないのですが、至福のひとときとなったのでした。

 しかも……O氏のご案内で、ここのケーキに用いられているルガールの生産地、フランスのブルターニュへこのメンバーで行くことになったのです。

 美味しいクレープと本格的シードルのブルターニュ! O氏によると、この6月の季節はカキが絶妙、とのこと。旅立ちは明後日の朝、羽田発7:35。

 わが「甘い生活」は、ついにフランス、ケーキとワインの本拠地に乗り込むこととなったのです。ホント、年甲斐もなく。

 しかもIさん、Aさんと、両手に花のご同伴!
 すべては旧き友・O氏プロデュース&ディレクション。ドキドキ、ワクワク! 旅の報告は次回で。


(第10回おわり)

著者プロフィール

坂崎重盛(さかざき しげもり)

東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』および弊社より刊行の『「絵のある」岩波文庫への招待』、『粋人粋筆探訪』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。