第1話 なないろごはん


 民家を横目に道路を進むと川沿いに森が続いている。看板が指す右手の道は細い泥道で、古い傾きかけた納屋と農機具が見える。
 「まさか、この先が店になっているはずないよね?」と最初は誰もがあやしんで、通り過ぎてしまいそうになる。そこに、まさかの“なないろごはん”が顔を出す。
 そんなまさかなシチュエーションだが、すぐに慣れてしまうもので、今では、細くくねった秘密めいた小道を、車が当然のように入って来る。
第1回
第1回
備蓄ひまわりのタネと
ある日のごはん
 2020年秋、秩父の古民家を手作りリノベーションしてオープンした「Cafe & Atelier なないろごはん」。
 私はここで料理を担当している。
 提供しているのはヴィーガン、ベジタリアンとも呼ばれている、植物の料理。秩父に育つ季節の野菜や穀物を中心に、ときには野草も登場して、賑やかで多国籍風、ときに和風な、YOSHIVEGGIEのオリジナル創作料理を作っている。自家栽培の大豆や麦も、それらで仕込んだ味噌などの発酵調味料も主要な食材のひとつだ。

第1回

 古民家のDIYを手がけた私のパートナー、丸さんは、なないろごはんの運営マネージメントを担当。
 彼の本業はアクセサリー作家。オーダーが途切れることのない作家仕事でありながら、もともと自給自足の暮らしをしたくて秩父に来ただけあって、畑仕事も落ち葉や米ぬかで良い土をつくることから始まるし、大抵の大工仕事も自分でやり、晴耕雨読ならぬ晴耕雨制作。何でも挑戦するその姿に、まさに百の姓を持つ——、現代の百姓と呼んで冷やかしたくなる。  
第1回
 なないろごはんのアトリエには、寸暇を惜しんで彼が制作したマクラメアクセサリー作品が並ぶ。
 また、奥の床の間を改装したギャラリースペースでは、自然素材の衣服や雑貨、器など、様々なジャンルの作家やアーチストがやってきては色とりどりの展示会が開かれる。
 年季の入った急な階段を登って屋根裏へいくと、そこは昔、お蚕さんを飼っていたスペース。まだ手付かずのむき出しになった土壁は DIY担当の丸さんに任せるとして、その奥の部屋では、ワークショップスペースとして、アロマトリートメントが受けられたり、旅する動物占い芸人が出入りまでしている。

第1回  「なないろごはん」にやってくるのは、食事をする人はもちろん、展示を見に来る人、食材や雑貨を買いに来る人、武甲山ハイキングやツーリングのついでに立ち寄る人、山を見ながらまったり一人時間を過ごす人、とさまざま。
 近い将来、田舎への移住を目指す人や、これからの暮らし方のヒントを見つけたくて来る人も多い。毎回出会いがあり、つながりが生まれ、小さなドラマが起きるここは、劇場みたいだ。
 多種多様な人、モノ、情報が行き交って、その中心には美味しいごはん。
 だからこの場所の名前は、“なないろごはん”。
 ひとりひとり、ひとつひとつの、ときに強すぎる個性がなないろに光っているところ。


山里暮らし、スタート!


 店のオープンと同時に、2人は住む場所を古民家2階から、近くにある畑付きの古い家に移ることにした。
 赤ちゃんうさぎのピーターも里子としてやってきて、丸さんと私、そしてピーターの3人(匹)暮らしが始まった。

 こんな感じで始まった山里暮らし。
 2人とも体力に自信がある方ではないし、あまり無茶はしたくないというのが本音。だから目指すはスローライフ! なのだけど、現実の山里暮らしは、やることが盛りだくさん。自給自足を目指せばなおさらなことで。だからといってスローライフは程遠い——、とも、言い切れない。
第1回
草を食む赤ちゃんピーター
 “時間の流れ”はスローもファーストも多様に混在しているので、大変なだけではないし、ラクばっかりでもない。
 息切れしない程度に、適当に手を抜いていこう。やりすぎてはそう言い聞かせて、ひと休み。

 そんなめまぐるしい日常の中、私の最大の楽しみは、日々のごはんをレシピと絵日記にまとめたり、身近に育つ何気ない植物をスケッチすること。
 私がよく使うのは、私のお気に入り、イタリアのメーカーで“モレスキン”という、黒い表紙のノート。ちなみにノートにしてはなかなかの価格だ。
 だけどどこに行くにも持ち歩き、私の描きたい心をくすぐりつつ受け止めてくれるノートが他にあるかといえば、今のところ見つからない。
 10年以上、このノートに描きためてきたので、自宅アトリエのコーナーにはちょっとした黒いモレスキンノートの山ができた。
第1回
 キッチンへ、畑へ、旅へ。どこに行くにも一緒なので、草の汁や、土や、料理の油染みもところどころ付いていて、クタクタなノートになっていく。それがさらに愛着を深める。
 こうしてこのノートに描きとめてきた季節季節の美味しいごはん、色とりどりのスケッチを初公開します! そして「なないろごはん」での日々の出来事、山里の田舎暮らし、うさぎのピーターから教わることなどなど、綴っていこうと、思う。

第1回 第1回