ミニシアター再訪



銀座のミニシアター、シネスイッチ銀座で89年に封切られた『ニュー・シネマ・パラダイス』は40週のロングラン・ヒットとなり、その後もシネスイッチ銀座で何度か上映されている。

他の劇場にかけられることも多く、2010年から全国のシネコンで始まった「午前十時の映画祭」でもこれまで3回上映され、『ローマの休日』(53)『大脱走』(63)『サウンド・オブ・ミュージック』(64)『ゴッドファーザー』(72)といったハリウッドの名作と並ぶ人気作品だという。

キャパシティが200席ちょっとの銀座のミニシアターが送り出したささやかな作品は国民的な人気作に成長した。

公開時の新聞の宣伝コピーは「みんな笑いながら泣いている」で、ユーモアと涙にあふれた感動的な作品であることが人気を集めた理由なのだろうが、劇中での映画館の描かれ方も映画ファンの心をとらえるものがある。

前半の舞台は1940年代後半から50年代かけてのイタリアの小さな村で、映画が娯楽の王様だった時代の映画館(パラダイス座)の活気が生き生きと描写される。

主人公の少年、トトも映画館に魅せられ、成長後は映画監督となる。しかし、30年ぶりに故郷に戻ってみると、パラダイス座は廃墟になっていて、最後は取り壊される。

劇場のオーナーはトトに言う──「もう誰も映画館に来なくなった。みんなテレビやビデオを見ている」

後半は劇場のあり方についても考えさせる内容となっている。

シネスイッチの前身、銀座文化劇場もパラダイス座と同じように50年代から映画を上映してきたが、80年代にミニシアターとして生まれ変わることで、今も存在感を示している。

東京には50年代に作られた映画館が他にも残っているが、今年の夏、三軒茶屋と新橋にある古い映画館が閉館を迎えることになり、閉館プログラムの1本として『ニュー・シネマ・パラダイス』も上映された。

この映画の後を追い、古い映画館の最後の姿を記憶にとどめるため、劇場を訪ねることにした。

今年の7月20日に閉館したのが三軒茶屋シネマである。田園都市線の三軒茶屋の駅から徒歩5分のところにあり、開館は1954年(昭和29年)。実はこの映画館の至近距離に古い映画館(三軒茶屋中央)がもう一軒あったが、2013年2月に閉館した。こちらは今どき珍しい一軒家の映画館で、ピンクとブルーのカッパの看板が目印だった。

そのカッパ劇場の閉館から1年半後。まるで後を追うように三軒茶屋シネマも最後の日を迎えることになった。

三軒茶屋シネマ
◉年季の入った椅子は、愛着の証でもある
『ニュー・シネマ・パラダイス』は6月28日から1週間上映された(併映は『ひまわり』)。上映最終日の夜に劇場を訪ねると、155席はほぼ埋まっている。田園都市線の沿線に住んでいるので、たまに利用した劇場だが、その夜はいつになく劇場に活気があった。

映画が始まると、劇中のパラダイス座とこの作品を上映している映画館が同じ時代の空気を吸っていたことが分かり、その内容が妙にリアルに迫ってくる。主人公が故郷に戻り、廃墟となったパラダイス座を30年ぶりに訪ねる後半の場面は本当に胸が痛くなった。

このあたりから場内では鼻をすする音が聞こえ、検閲で切られていた数々のラブシーンが登場する怒涛のクライマックスでは、鼻をすする音が最高潮に達する。

エンドマークが出ると場内からは大きな拍手がわき上がった。

映画が終わった後も、観客たちは場内を撮影したり、ロビーにいる映画館の人と話したりで、なかなか帰ろうとしない。

「この映画館そのものの話だね」

そう言いながら出口に向かう人もいた。

廊下には近年上映された作品のチラシが貼られていて、それを熱心に見入っている人もいる。さらに映画のエンニオ・モリコーネのテーマ曲を口笛で吹きながら帰る男性までいて、改めてこの作品の根強い人気を思い知らされた。

一方、劇場の閉館を告げる告知は映画館が置かれた厳しい状況を語っている。

「当館は1954年の開館以来、60年間に亘り、邦画、洋画を幅広く上映して参りました。しかしながら、設備の老朽化、近年の市況の厳しさ等、諸般の状況から長期的な展望の見通しが立たず、誠に残念でございますが、閉館を決意した次第でございます。60年のご支援を賜わりましたことを、従業員一同、心より御礼申し上げます」

これまで劇場の人と話をしたことはなかったが、その夜は思い切って声をかけてみた。

劇場を運営していた東興映画の若い営業担当の竜嵜陽介さんに「『ニュー・シネマ・パラダイス』のどういうところが魅力ですか?」と訊ねたら、こんな答えが戻ってきた。

「僕自身も何度も見ていますが、やはり、いいものはいい、ということでしょう。ノスタルジーを描いていますが、それだけではなく、しっかり前に進むという、ノスタルジーの先のメッセージも描かれていると思います」

この劇場、60年前にスタートした頃は東映系の映画館だったそうで、近年は2番館(ロードショー公開された作品を少し遅れて上映する館)として2本立ての洋画や邦画を上映していた。観客層は幅広くシニア層から若い人まで来ていたが、近所に住んでいる人が多いようで、ラフなかっこうの人が目立つ(テレビ東京のご当地自慢番組でも、三軒茶屋名物のひとつとして報道されたことがある)。

その夜の『ニュー・シネマ・パラダイス』はフィルム上映で、デジタルの機材は導入されていない。近年の映画のデジタル化だけが閉館の理由ではないだろうが、フィルムからデジタルへの移行はこうした古い映画館に少なからぬ影響を与えたはずだ。

最後の9日間に上映が予定されているのは邦画の『そして父になる』(13、併映は『のぼうの城』〈11〉)だ。

「名画座というより2番館という立ち位置の劇場でしたので、昨年の『そして父になる』を最後の作品にしました」

竜嵜さんはそう語っていた。

一方、8月31日で閉館となる新橋文化は、JRの新橋駅から徒歩3分。開館は1957年(昭和32年)で、こちらも三軒茶屋の劇場同様、『ニュー・シネマ・パラダイス』の時代から現在までを生き延びた劇場だ。

新橋文化は新橋駅のガード沿いにあり、文化の隣のロマン劇場はポルノ映画館。しかも、斜め前には風俗系の店もある。新橋はサラリーマンの町というイメージがあるせいか、この劇場は“オジサンの聖地”とも呼ばれ、女性がひとりで行くには少々勇気がいる映画館だ。

ひんぱんに利用していた映画館ではないが、忘れがたい思い出もある。ベン・アフレックの監督・主演の『ザ・タウン』(10)をこの劇場で見たが、シカゴの裏社会で生きる男たちの物語が、猥雑な新橋の雰囲気と共鳴し合い、すごくリアリティがあった。ガード下にあるため、JRの列車が走るたびにガタガタ音が聞こえるが、『ザ・タウン』のようなアクション映画の場合は、それも一種の音響効果(?)に思えたものだ。

閉館が決まった後は『狩人の夜』(55)&『美しき冒険旅行』(71)という通好みの2本立てをはじめ、かなり意欲的な番組が組んでいた。『ニュー・シネマ・パラダイス』は今年の7月19日から26日まで上映された(併映はフランソワ・トリュフォー監督の渋いモノクロ映画『日曜日が待ち遠しい!』〈82〉)。

平日の昼間の上映に行くと、『ザ・タウン』の時のやや危ないムードは影をひそめ、何人か女性客の姿もあった。そして、後部の座席に座ると、「カタカタ」いう音が聞こえてくる。そうフィルムのまわる音である。すでにデジタル版も出ている作品だが、三軒茶屋シネマ同様、こちらもフィルム上映。その「カタカタ」いう音はフィルムという生き物の呼吸に思えた。

映画が終わった後、外でまじまじと建物を見た。劇場の前にはガラス貼りのショーケースがあり、その向こう側にポスターやプレスなどの宣材が貼られている。昭和の時代、こういう作りの映画館が多かったが、近年は見かけなくなった。

そして、ショーケースの上にこんな告知があった。

「この度、JR高架下の耐震補強工事に伴い、閉館することになりました。当館は昭和32年(1957年)より長きに亘り、皆様に支えられて営業してまいりました。皆様のこれまでのご支援ご愛顧には従業員一同より御礼申し上げます。誠にありがとうございました」

新橋文化劇場
◉新橋文化劇場は2014年8月31日に閉館する
ショーケースの風景をカメラに収めるため、映画館の前にある風俗店の前に立って、何度かシャッターを切った。外側は白で統一され、横に広い作りになっている。

新橋の劇場で『ニュー・シネマ・パラダイス』の廃墟と化した映画館を見てしまうと、2日前に閉館した三軒茶屋シネマのことが気になり、三軒茶屋で下車した。

劇場の前に行くと、劇場名の書かれた看板はそのままだったが、入口のシャッターは下ろされ、チケット売り場も閉まっている。

『そして父になる』を閉館の前日に見た時は劇場に活気があったが、その下ろされたシャッターは、もう2度と開くことがない。見たばかりの廃墟のパラダイス座の映像が目前の映画館と重なる。

三軒茶屋シネマや新橋文化が登場した1950年代(昭和20年代後半から30年代)。日本は高度成長期への道を歩み始めた。映画界では東宝の『七人の侍』(54)『ゴジラ』(54)などが大ヒット。日活が送り出した爽快なタフガイ、石原裕次郎やテレビ放映されたプロレスの力道山の試合にも人々は釘付けになった。成長期にふさわしい新しいヒーロー像が求められた時代だ。

テレビの出現に映画界は脅威を感じながらも、映画の興行も勢いがあった。そんな時代からすでに60年が過ぎている。

三軒茶屋や新橋の劇場は人間でいえば還暦なので、引退となっても不思議のない年だが、都内で歴史のある名画座や2番館が減少し、80年代以降にできたミニシアターにも逆風が吹いている昨今の状況を考えると、閉館は残念だ。

しかし、何かが消えてしまった後、そこから別の物が生まれることも期待したくなる。『ニュー・シネマ・パラダイス』で初老となった主人公も、30年ぶりに戻った故郷で古い映画館の崩壊を目撃した後、最後にささやかな希望を見つけるからだ。

未来への手がかりをつかみたくて、ヘラルド・エースの元社長(現アスミック・エース特別顧問、Hara Office代表)の原正人プロデューサーにも話を聞いた。80年代に『ニュー・シネマ・パラダイス』の配給と宣伝を担当したのがヘラルド・エース。国民的人気作品を世に送り出した人物の映画の対する今の思いが知りたかった。

「どうして、この映画がここまでヒットしたんでしょう?」と問いかけると、原プロデューサーからはこんな答えが返ってきた。

「あの映画のテーマが人の心に届いたということでしょうね。昔、映画が好きだった人が見ると、かつての自分と現実の自分の対比から生まれるノスタルジーもあると思います。この映画の主人公は、故郷を捨てて都会で成功していますが、心は満たされていない。一番大切なものである家族や故郷の人々、そして青春の日々を忘れてしまった自分に気がついたからではないでしょうか。そういう部分も含め、見る人がどこかに自分を投影できる設定だと思います。作品が人の心に訴える力を持っていて、それがヒットに結びついたのでしょう」

シネスイッチ銀座での初公開から約25年が経過し、映画館をめぐる状況も大きく変わってきた。劇場ではなくホームシアターで見る人も増えたし、電車でタブレットをのぞきこんでいる人の姿も珍しくなくなった。

そのため、ミニシアターや名画座など劇場を取り巻く環境が、以前より厳しいものになっているが、原プロデューサーは最近の傾向について「また、スクリーンで見なければいけない映画が生まれている気がしています」と、むしろ前向きな姿勢を見せる。

「スクリーンで見なければいけない作品というのは、『ゼロ・グラビティ』(13)のように映画館の大画面で見ないと良さが伝わりにくい大作のことですか?」と切り返すと、「そういうのもあるけれど……」と前置きをした後、こんなコメントを残してくれた。

「実は大林宣彦監督の『野のなななのか』(13)をスクリーンで見ました。これをテレビの画面で見ていたら、チャンネルを変えられてしまうかもしれないけれど、スクリーンで見ると、その世界に入り込むことができて、感動しました。つまり、感動を共有できる空間としての映画館が必要なんです。劇場が大きいか、小さいかの問題ではないです。家で見ていると、アクションやサスペンスなどに目がいき、じっくりと味わうタイプの映画を見ることがおっくうになりがちです。これは危険な兆候です」

原プロデューサーはミニシアターの近年の洋画のヒット作についても語った。

「シネスイッチ銀座は勢いを取り戻しましたが、この劇場の最近のヒット作となった『チョコレートドーナツ』や『クロワッサンで朝食を』(12)といった作品も、映画館でじっくり見るからこそ、いいんだと思います。こだわり型の映画をこだわり型の人たちと見ることをまた楽しんでほしい。心の飢えを満たしてくれるのは、映画の持つ力だと思うし、そういうものに対する潜在的なニーズはかならずあるので、新しい芽を探してほしい。こうした時代の今こそ、実はチャンスなのかもしれないですよ」

原プロデューサーも劇場で楽しんだという『チョコレート・ドーナッツ』はシネスイッチ銀座で今年10週間のロングラン・ヒットとなった。主演のアラン・カミングは一部の映画&舞台好きの人しか知らない男優で、共演者や監督は無名。商業的に見て派手な要素はなかったはずだが、予想を超える快挙となった。

ふだんのシネスイッチはシニアの女性層が中心だが、この作品は若い観客の心をとらえた。

こうしたヒットが明日の小さな芽になってほしい。

ミニシアター時代を切り開いたプロデューサーの話を聞いて、そんな気持ちになった。

シネスイッチ銀座
シネスイッチ銀座は、東京都中央区銀座4-4-5に所在
大森さわこ
80年代より映画に関する評論、インタビュー、翻訳を本や雑誌に寄稿。ミニシアター系のクセのある作品や音楽系映画の原稿が多い。人間の深層心理や時代の個性に興味がある。著書に『ロスト・シネマ~失われた「私」を求めて』(河出書房新社)、『映画/眠れぬ夜のために』(フィルムアート社)、『キメ手はロック! 映画101選』(音楽之友社)、訳書に『ウディ・オン・アレン』(キネマ旬報社)、『カルトムービー・クラシックス』(リブロポート社)等がある。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「週刊女性」、「キネマ旬報」等に寄稿。芸術新聞社の「アメリカ映画100シリーズ」では、主力執筆陣の一人として筆をふるっている。
Twitterアカウント ≫ @raincity3
ブログ(ロスト・シネマ通信 (=^・^=)大盛招き猫堂)≫ http://blogs.yahoo.co.jp/raincity3