ミニシアター再訪



(前項より続く)

銀座四丁目交差点の近くにあるミニシアター、シネスイッチ銀座は1987年12月にオープンして、今年で27年目を迎える。

この劇場から歩いて15分のところには東宝系のミニシアター、シャンテシネ(現TOHOシネマズシャンテ)もあり、ふたつの劇場はオープンした年も同じ。どちらも銀座・日比谷地区を代表する老舗のミニシアターとしてヒット作を送り続けている。

シャンテの方は80年代や90年代にかけて主にフランス映画社配給の、監督の作家性を押し出した作品を上映してきたが、シネスイッチ銀座はもっと親しみやすい作品を好んできた。

シャンテの興行成績1位は難解との声もあったアート系作品『ベルリン・天使の詩』(87)。一方、シネスイッチの歴代1位はもっと大衆的な『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)。こうした過去の人気作品からもふたつの劇場のテイストの違いが分かる。

「うちのお客様の層は本当に幅広いんです。これまでの歴代興行成績のベスト3は『ニュー・シネマ・パラダイス』『ライフ・イズ・ビューティフル』(98)『リトル・ダンサー』(00)なんですが、どの作品も“笑いあり、涙あり”という作風です。お客様にとって映画の入り口となるような作品を上映することで、いろいろな方に来ていただいていると思います」

上映作品の傾向について、そう振り返るのは97年からシネスイッチ銀座の番組編成を担当してきた簱興行の吉沢周子次長である(それ以前の番組編成はヘラルド・エースが担当)。大学で映画製作を学んだ後、名画座の早稲田松竹で番組編成を担当し、その後、今の劇場でのプログラム作りに取り組んでいる。

シネスイッチを初めて訪れたのは87年のオープニング作品『あなたがいたら/少女リンダ』(87)が上映された時のこと。学生時代にひとりの観客としてこの劇場で映画を見た。

「学生時代はどちらかというとアンチ・ハリウッド派で『パリ、テキサス』(84)のような映画が好きでした。都内のミニシアターにも通っていて、『あなたがいたら/少女リンダ』を見るためにシネスイッチ銀座にも来ましたが、その頃は他の劇場との個性の違いはそんなに意識していなかったと思います」

『あなたがいたら/少女リンダ』(87年12月18日~88年1月28日上映)は英国の新鋭監督デヴィッド・リーランドのデビュー作で、コメディチーム、モンティ・パイソンのコメディ映画やニール・ジョーダン監督の『モナリザ』(86)の共同脚本家でもあったリーランドのピリリと辛口のユーモアも入った青春映画。小さな町で反抗的な生き方を貫こうする10代のヒロイン、リンダを演じたエミリー・ロイドのキラキラした魅力が心に残る佳作だ。

「この映画、当時、フジテレビの天気予報などでも映像が使われていたんですよ」

オープン当時のことをそう振り返るのは吉村俊一支配人だ。前回の連載で書いたように、シネスイッチの前身は銀座文化劇場で、劇場オーナーだった簱興行、ヘラルド・エース、フジテレビの三社の協力のもとで作られたミニシアターである。そのためシネスイッチ作品の予告編がフジテレビではよく流れていたが、天気予報まで活用していたとは驚きだ。

あなたがいたら
◉シネスイッチ銀座の第1回作『あなたがいたら/少女リンダ』主演のエミリー・ロイドは、その後、ロバート・レッドフォード監督の『リバー・ランズ・スルー・イット』にも出演している。写真は英国版のシナリオ本
吉村支配人は簱興行が経営する別の地域の劇場スタッフだったが、銀座文化時代からこの劇場に手伝いに来ていて、やがてはスタッフの一員となり、ニール・ジョーダン監督の『プルートで朝食を』(05)が上映されていた時(06年)、支配人となった。

「かつて銀座文化の下の階は松竹系の封切り館で、寅さんなどを上映していました。それがシネスイッチ銀座になってからは客層も変わりました」

吉村支配人はシネスイッチ開館時をそう振り返る。

ちなみに2本目の上映作品は『モーリス』(87、ヘラルド・エース配給)。日本では美少年好きの少女漫画のファンなども巻き込み、英国の美形スター・ブームを巻き起こして大ヒットを記録した。監督は『眺めのいい部屋』(86)『日の名残り』(93)のジェームズ・アイヴォリーで、優雅なコスチューム姿の男優たちを美しく撮ることで定評があった。

主演は後に『フォー・ウェディング』(94)『ノッティングヒルの恋人』(99)といったコメディで世界的な人気スターとなるヒュー・グラント。当時の彼は“ヒュー様”と呼ばれ、世界に先駆け(?)日本では美形スターとして人気を得ていた(当時、モーリス研究会なるものまで誕生していた)。

当時、私はこの映画を最終日にシネスイッチに見に行ったが、場内は若い女性客があふれかえっていた。そして、ロビーで次の回を待っていたら、「救急車を呼べ!」という声が聞こえる。美青年のあまりの美しさに失神……? いや、そうではなく、すごい人ごみのため場内が酸欠状態となり、倒れた人がいたようだ。吉村支配人は言う。

「とにかく、女性のお客様の熱気がすごかったです。最終日はあまりにも混んで入れない方もいらっしゃいましたが、中には5000円出すから、場内に入れてほしいとおっしゃったお客様もいらしたほどです」

『モーリス』は4カ月半(88年1月29日~5月12日上映)のロングランとなり、9万4000人を動員。この劇場の歴代興行記録の6位につけている。

『モーリス』が公開された88年はミニシアターが大きな盛り上がりを見せていた時代で、近所のシャンテシネでは『ベルリン・天使の詩』が30週上映で16万6000人、新宿のシネマスクエアとうきゅうでは87年12月封切りのウンベルト・エーコ原作、ショーン・コネリー主演の『薔薇の名前』(86、ヘラルド・エース配給)が16週の興行となって8万3000人を動員した。それぞれの作品の力もあるが、それだけではなく、ミニシアターという旬の劇場スタイルへの注目もヒットの追い風になったのだろう。

そんなミニシアター・ブームのひとつの興行的な頂点となるのが89年12月15日に封切られたシネスイッチ作品、『ニュー・シネマ・パラダイス』。40週上映、26万2000人動員というミニシアター興行ナンバーワンの記録を残し、今でもそれは破られていない(この作品については次回、詳しい記事を載せたいと思う)。

『モーリス』、『ニュー・シネマ・パラダイス』の大ヒットで軌道に乗ったシネスイッチ銀座であるが、こうした80年代の代表作2本を通じてこの劇場の特徴を読み取ることができる。この劇場の上映リストを見ていてうかんできたのが“女性”と“ファミリー”というキーワードだったからだ。

シネスイッチは“女性”を意識した劇場として今では定着していて、他の劇場に先駆けレディース・デーを毎週金曜日に実施している。

「80年代に週休二日制が導入されたあたりからレディース・デーが始まりました。前身の銀座文化の時代からすでに導入されていて、以前の支配人に聞いた話によれば、金曜日は興行が良くなかったので始めたそうです。男性はひとりで来る方が多いのですが、女性の方は連れだって見えるから、という理由で始めたそうです。今も金曜日は女性客でいっぱいで、いつもの2倍近い動員となります」

吉村支配人はシネスイッチ名物のレディース・デーについてそう語る。始めた頃の入場料金は900円で、長年、その価格を維持してきたが、2014年の8%の消費税導入で950円になった。今の多くのシネコンでは水曜日にレディース・デーが実施されているが、8%消費税と共に1000円から1100円にアップ。そう考えると今も1000円札でおつりがくるのは女性にとってはありがたいシステムだ。

また、場内での飲食を禁じているミニシアターも多いが、シネスイッチは飲食自由。丸の内のOL客も来ているようだが、今の若い女性客について吉沢次長は語る。

「今の女性のお客様は本当にお金に対してシビアです。飲食自由なので、食べ物を持って見える方もいらっしゃいます。とにかく、金曜日はふだんの半分の金額で見られます。これを利用して1回分の料金で2回劇場に来ていただければそれもいいと思います」

レディース・デーはまるで女子高のようなノリで、男性客には少々近寄りがたい雰囲気があるという。夜の回は銀座・丸の内周辺で働く女性客が中心だが、昼の回は銀座に買い物に来た熟年の女性客が増える。

「早い回は銀座という場所に自身の楽しみを持っていらっしゃる方が多く、買い物や食事など、映画以外にも楽しみを求め、いわゆる“ハレ”の日として楽しまれているようです」 

銀座四丁目周辺には三越や松屋といった有名デパートや海外のブランドショップが多い。その近くに劇場があることが動員に結びついている。

「私自身は若い頃、銀座に来ても映画を見る以外は目的がありませんでしたが、シネスイッチのお客様の場合、電話で上映時間のご案内をしていると、“夕方の回はいいの”とおっしゃる方もいらっしゃいます」

お昼や早めの午後の回を見て食事やショッピングというコースをたどるのだろう。

モーリス
◉ヒュー・グラント同様、その美男子ぶりで人気を獲得したジュード・ロウの若き日の姿が見られる『オスカー・ワイルド』(97)もシネスイッチ銀座で公開した
昨年、こうした熟年の女性層を取り込んで話題を呼んだのが、ジャンヌ・モロー主演、イルマル・ラーグ監督の『クロワッサンで朝食を』(12)。パリのアパルトマンで暮らす80代の気難しい性格のヒロインとエストニア人の家政婦との交流を描いた作品(フランス、エストニア、ベルギーの共同製作)で、フランス本国では興行的にふるわなかったが、この劇場で封切られた時はシニアの女性層を取り込んで大ヒット(13年7月20日~9月13日上映)となり、週刊誌の映画欄にはこんな記事も出た。

「初日から六十代以上の女性を中心に席が埋まり、記録的な猛暑の中、入場待ちの行列が晴海通りまで伸びて通行人の話題に。臨時のチケット発売所を増設し、熱中症対策にウォーターサーバーが導入されるなど、大型シネコンではありえないエピソードがいつくも誕生した」(「週刊文春」13年9月12日号)

この夏の上映について次長は振り返る。

「かつては映画館でいっぱいで、階段に並ぶということも当たり前に行われていたわけですが、今の若いお客様は時間を無駄にしたくないという意識が強く、ネットでチケット予約もできるので、劇場で並ぶことに対して不満の声が出るかもしれません。『クロワッサンで朝食を』の場合はシニア層の女性客の方が中心でしたので、晴海通りまで列ができた時、お客様に声をかけたら、『確かに映画って、こうだったわね』と、並ばれた女性の方にも理解いただけました。そして、列に並ばれた方とお話をすることで、こちらにもちょっとした共有意識みたいなものも生まれていきました」

シネスイッチ銀座は今もネットによる予約制は導入していないし、他のミニシアターのように入れ替え制を実施したのも2012年からと遅い。落ちついた年齢層の女性客も多い劇場ゆえ、若いデジタル世代には通じない昔ながらのやり方も受け入れられてきたのだろう。

この劇場は女性のライフ・スタイルを見せる作品でも興行的な強さを発揮していて、06年のヒット作である荻上直子監督の『かもめ食堂』(05、群ようこ原作)は製作者側からぜひシネスイッチで公開してほしい、という話があって上映が実現した。吉沢次長によれば、この劇場の作品『幸せになるためのイタリア語講座』(00、04年2月7日~4月23日上映)のような展開を製作側は望んでいたそうだ。

「映画はまだ完成していなかったのですが、プロデューサーのお話を聞いて、あまりにもおもしろそうな企画だったので上映を決めました」

『幸せになるためのイタリア語講座』(ロネ・シェルフィグ監督)はデンマークのコペンハーゲンでイタリア語を学ぶ男女6人の物語だったが、『かもめ食堂』の舞台はフィンランドのヘルシンキで、ヒロイン(小林聡美)はこの街でささやかな日本料理の店を開いている。特に凝った食事ではなく、おにぎりやみそ汁など、日本の家庭料理を出す店だ。

最初はお客が来ないが、あきらめないで続けるうちにお客が増えていく。シンプルな構成ながらも見る人に元気を与える作品で、食器やインテリアなどもかわいい。近年、北欧の自然な感触のインテリアが日本でも人気を集めているが、この作品にはきれいな雑誌のページをめくっているような感覚もあった。

また、小林聡美との共演がもたいまさこで、そのためテレビの「やっぱり猫が好き」を思い出すという声も出た。

「確かに見た人の間で“これは映画なのか”という意見もあった作品でした。テレビの『やっぱり猫が好き』を思いだす方もいらっしゃるかもしれませんが、中高年の女性の方もたくさん来て下さったので、そういう方は『やっぱり猫が好き』のファンとは違う層だったはずです。若い女性は雑誌の『ソトコト』などを読むような方が来て下さいました」

やがては性格も世代も異なる3人の女性が食堂を切り盛りしていくが、小林やもたいと共演しているのが片桐はいりで、なんと、彼女はシネスイッチ銀座の前身、銀座文化でチケットの“もぎり”の仕事をしていたという経歴の持ち主だ。

そこでの数々の数奇な出来事についてはユーモアがさえわたるエッセイ『もぎりよ今夜もありがとう』(キネマ旬報社刊)に詳しいが、『かもめ食堂』の初日ついてはこう記述されている。

「かつてすりきれるほど眺めたスクリーンの前で、自らが出演した映画の舞台挨拶をする。まるで世界がぐるりと反転して、スクリーンの裏側から不思議な映画の一場面を観ているような気分だった。大入りの客席が、いつか見た懐かしい幻みたいに紗がかかって見える」

シネスイッチのホームページには過去の上映作品に対する観客の感想が出ているが、この作品へのコメントを拾うと――。

「ほのぼのした良い作品でした。フィンランドへもぜひ行ってみたいです。食器もすてきでした」(練馬区・41才・女性・主婦)
「フィンランドの景色や小物もすてきで、とても満足」(板橋区・23歳・女性・会社員)

作品の内容だけではなく、“すてき”な小物や食器なども人気を支えた大きな要因で、女性の支持を集める劇場の特徴が生かされた結果のヒットだろう。『かめも食堂』は06年3月11日~4月28日の興行となり、その後は他の劇場でも上映された。

こうした爽やかな女性映画だけではなく、ラインナップの中には毒がしたたり落ちるような女性映画もある。ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』(01、02年2月2日~5月31日上映)は中年のピアノ教師(イザベル・ユペール)と若い弟子である青年(ブノワ・マジメル)との屈折した関係を描いたドラマで、ドロドロした生理感覚と冷たい知性が共存した衝撃作だ。

「01年のカンヌ映画祭で見た時、“この映画、いい!”とすぐにはいえない作品で、消化できない思いが残りました。ただ、個人的にはとてもおもしろい作品だったと思います」

そう語る吉沢次長によれば、当時、“子宮で見る映画”と呼んだ人もいたそうだ。本当は見たくないのに、気づくと画面を見入ってしまう……。そんな強烈なタッチで女の内面が描かれていく。ポスターは中年女性と若い男性が踊っているように見えるデザインだが、実はトイレでのふたりの意外な行為を写し取っている。

「この映画が終わった後、“奥様、こんな映画にお連れしてすみません”と謝っている女性の方もいらっしゃいました(笑)」

この映画はカンヌ映画祭の審査員特別グランプリを受賞し、オーストリア出身の“隠れた才人”だったハネケが日本で注目されるきっかけになった。彼は21世紀の日本のミニシアターが発掘した監督のひとりで、その後は銀座テアトル・シネマで『白いリボン』(09、カンヌ映画祭パルムドール受賞)や『愛、アムール』(12、アカデミー外国語映画賞受賞)などが上映された。

『愛、アムール』は老人介護がテーマで以前より見やすい作品に仕上がっていたが、『ピアニスト』の頃は(お得意の?)悪意が全開! 中年のヒロインが駐車場や浴室でグロテスクな奇行を見せるが、その理由が説明されず、こちらはあっけにとられながら悪意の渦の中に巻き込まれていく。そして、その恐るべき行為の中に人間の本質が読み取れるところが、ハネケ映画のすごさだ。

『ピアニスト』は内容を容易に理解できる作品ではなく、むしろ、そこにおもしろさがあったが、「あの頃(02年)はなんとか上映できましたが、いまではこういう映画をうちでかけるのはむずかしいと思います」と吉沢次長は語る。

「かつては背伸びしてむずかしい映画を見ることに喜びを感じる人がいました。分からなくても、なんかかっこいい、と考えて、その映画を楽しんでいましたが、今は“ああ本当に笑えた”あるいは“泣けた”という作品が求められていて、見終わった後、友だちと“こうだったよね”と確認できる作品がいいようです。どんでん返しなどがあって、ラストが分からなかった場合、つまらない作品ということになるんです」

未知の世界と遭遇し、自分の知らないことを“発見”することに映画ファンが喜びを見出した時代もあったが、今は“発見”より“確認”こそが大事なのだろう。そう考えると、『ピアニスト』のように見る側の期待をことごとくぶち壊す挑発的な作品は上映がむずかしくなる。

クライングゲーム・チョコレートドーナツ
◉『クライング・ゲーム』のプレス向けリリース(右)。今で言う「ネタバレ」にならないようメディアに要請する監督からのメッセージが掲載されている。『チョコレートドーナツ』は、今年のスマッシュヒットとなった
ハネケは個性が強い監督として知られているが、シネスイッチ銀座としては監督の作家性に対するこだわりはなく、あくまでも作品の内容重視という姿勢を見せてきた。

「うちの劇場では最先端のエッジがきいた作品ではなく、(いい意味で)二番せんじでいいと思っているんです。入りやすい映画館をめざしているし、お客様もそんな場所を望まれているのではないかと思います」

吉沢次長の“二番せんじ”という謙虚な表現の中にはこの劇場の個性が出ているのかもしれない。銀座四丁目というショッピングに最適の地の利を生かし、そこに買い物に来ている熟年女性や働くOLたちにアピールするような内容のものを上映する。そうすることでシネスイッチ銀座は好調さを維持している。

「仕事などで疲れた時、娯楽として映画を見ていただいて気分を変えていただければ、と思っています」

吉村支配人はそんな言葉を添える。

女性の心をとらえる映画館作りが実践されてきたが、同時に気どらない親しみやすさもあり、家族をテーマにした作品に強いところもこの劇場の特徴だ。

歴代のヒット作の2位であるロベルト・ベニーニ主演・監督のイタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』(99年4月17日~10月29日上映)はナチの強制収容所送りになる一家の悲劇をコメディアンのベニーニらしいベタな笑いを入れながら描いた作品。強制収容所での出来事はすべてゲームであるかのようにふるまうことで、幼い息子を励まそうとする父親像が印象的だ。

また、3位のスティーヴン・ダルドリー監督のイギリス映画『リトル・ダンサー』(01年1月27日~6月29日上映)は80年代の小さな炭鉱町でバレエの道を志す少年の物語。男のスポーツはサッカーやボクシングと考えられる時代に家族に内緒でバレエを習い、やがてはがんこな父親の許しを得て、名門のバレエ学校の門をたたく。主演のジェイミー・ベルのパンク精神あふれる小さなダンサーぶりが本当に魅力的で、T・レックスやクラッシュの音楽も耳に残る。こちらも父と子の絆が感動的に描かれる。

1位の『ニュー・シネマ・パラダイス』、2位の『ライフ・イズ・ビューティフル』、3位の『リトル・ダンサー』とこの劇場の歴代興行のベスト3作品は子役がかわいくて、家族的な温かさが感じられる作品ばかりだ。

また、14年にスマッシュ・ヒットとなった『チョコレートドーナツ』(12、14年4月19~6月27日上映)は疑似家族の物語で、ゲイのカップルとダウン症の少年の絆を見つめる。こちらは若い層にアピールして好調な興行となった。

『チョコレートドーナツ』はアラン・カミング演じるゲイのシンガーが主人公だが、ゲイ物もこの劇場の隠れた定番レパートリーで、前述の『モーリス』やニール・ジョーダン監督の傑作『クライング・ゲーム』(92、93年6月18~12月6日上映)、ドラァグ・クイーンたちの旅をミュージカル風に見せる『プリシラ』(94、95年8月18日~11月16日上映)等が話題を呼んだ。

切ないラブストーリーを官能的な映像と音楽で見せるニール・ジョーダンはシネスイッチに縁の深い監督のひとりでもあり、他に『スターダスト』(90)『ことの終わり』(99)『プルートで朝食を』も上映。このうちグレアム・グリーン原作、レイフ・ファインズ主演の『ことの終わり』は4カ月弱のロングラン上映となっている(00年10月14日~01年2月9日上映)。

彼の代表作『クライング・ゲーム』(アカデミー脚本賞受賞)は半年近く上映された大ヒット作で、10万人を動員してスイッチの歴代興行の6位につけているが、吉沢次長によれば「いまはこういう映画の上映が一番むずかしいです」。

アイルランドのIRAの兵士を主人公にしたラブストーリーで、主人公はロンドンで謎めいた女性と出会って恋に落ちる。途中で彼女のあっと驚く秘密が暴かれるが、次長によれば、ネット時代の今だとツイッターなどで謎が明かされ、秘密を守り通すのがむずかしいのだという。

こういう作品が当たった時代は幸せだったのか? それとも、クリックひとつで、ヒット作のネタもすぐに分かる今の方が幸せなのか?

27周年を迎えたシネスイッチ銀座の上映作品の話を聞きながら、時代の変化について考えさせられた。
銀座ガス通り
◉銀座の中心にあるとはいえ、目抜き通りから一本入るため、喧噪から逃れた落ちついた場所で観客を迎える
大森さわこ
80年代より映画に関する評論、インタビュー、翻訳を本や雑誌に寄稿。ミニシアター系のクセのある作品や音楽系映画の原稿が多い。人間の深層心理や時代の個性に興味がある。著書に『ロスト・シネマ~失われた「私」を求めて』(河出書房新社)、『映画/眠れぬ夜のために』(フィルムアート社)、『キメ手はロック! 映画101選』(音楽之友社)、訳書に『ウディ・オン・アレン』(キネマ旬報社)、『カルトムービー・クラシックス』(リブロポート社)等がある。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「週刊女性」、「キネマ旬報」等に寄稿。芸術新聞社の「アメリカ映画100シリーズ」では、主力執筆陣の一人として筆をふるっている。
Twitterアカウント ≫ @raincity3
ブログ(ロスト・シネマ通信 (=^・^=)大盛招き猫堂)≫ http://blogs.yahoo.co.jp/raincity3