ミニシアター再訪



シャンテシネ(現TOHOシネマズシャンテ)のオープンでは『ベルリン・天使の詩』(87)や『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』(85)のようにフランス映画社配給のBOWシリーズ(ベスト・オブ・ザ・ワールド[Best Of the World]の略)が好評を博したが、もう一館では『紳士協定』(47)『國民の創生』(1915)(共に東宝東和配給)といった映画史上の名作を上映していた。この路線に加え、大手の洋画会社がかかえる個性的な作品群が上映されるようになり、劇場に新たな活気が生まれていく。

80年代後半はアメリカのインディペンデント映画界に力があった時代だが、その新しい波が日本のミニシアターにも押し寄せた。

89年のサンダンス映画祭で観客賞を獲得して、その後、カンヌ映画祭に出品されて見事に大賞(パルムドール)を受賞したのが、スティーヴン・ソダーバーグ監督のデビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』(89、日本ヘラルド映画配給)だった。

監督は当時26歳。カンヌ映画祭では史上最年少のパルムドール受賞監督として一躍脚光を浴びた。シャンテでは89年12月16日から90年4月5日まで15週の上映となり、シャンテの歴代興行成績は第8位と大健闘した(興行収入1億640万円)。

この作品の上映時のことをシャンテの副支配人だった高橋昌治東宝専務取締役(取材時。現・東宝不動産社長)はこう振り返る。

「映画はそれなりにおもしろかったし、タイトルも当時としてはインパクトがありました。お客様もよく入りました」

89年のカンヌ映画祭の審査委員長をつとめた『ベルリン・天使の詩』のヴィム・ヴェンダース監督が高く評価し、「この作品に映画の未来を見た」という理由で、パルムドールを与えた。また、主人公役を静かに演じたジェームズ・スペイダーも主演男優賞を受賞した。

自分では性的な行為を行うことができず、ビデオに撮った女性たちの性的な告白にしか興奮できないという彼のキャラクター設定が、当時は鮮烈な印象を残した。ヘンタイ的な行為なのにスペイダーが演じることで、内向的な現代人の苦悩がにじんで見えた。

日本では88年8月に宮崎勉の幼女誘拐殺人事件が明るみに出て、大人の女性と普通の恋愛ができない青年の存在がクローズアップされた時代でもある。機械に囲まれ、生身の人間とのコミュニケーション(=恋愛)に実感が持てない。そんなバーチャルな時代の始まりを告げる作品でもある。
sexlievideo
◉『セックスと嘘とビデオテープ』と『ドゥ・ザ・ライト・シング』のアメリカで出版されたシナリオブック。ソダーバーグ監督は撮影日誌の中で『ドゥ・ザ・ライト・シング』に対して賛辞を送っている
この作品の力を評価しつつも、当時のスティーヴン・ソダーバーグに関して高橋専務は語る。

「この時、ソダーバーグがこれほどメジャーな監督になるとはまったく思わなかったです。その後もずっとアート系監督でいくと思っていました。転機になったのは『オーシャンズ』シリーズあたりでしょうか。この作品の主演男優のジョージ・クルーニーらとの人脈というのも大きかったのでしょう」

確かに80年代後半に登場したソダーバーグはインディペンデント映画界の才気ある新鋭だったが、その後は『トラフィック』(00)でアカデミー監督賞を受賞し、『オーシャンズ』シリーズも大ヒット。現代のアメリカを代表する大物映画人のひとりとなった。

「彼の近作『サイド・エフェクト』(13)を見ても、昔だったら、きっちり大きな形で公開できるひじょうにいい映画だと思います。僕が娯楽映画としてすごいと思ったのは、あれだけの中身を1時間40分くらいにまとめている。だらだら撮ったら、2時間半か、3時間になります。すごいことですよね。今のソダーバーグは職人ですね。こういう才能をきちんと拾うハリウッドのプロデューサーや製作会社の目はすごいですね。また、それにこたえる人もすごいし……」

 高橋専務はアメリカの監督の層の厚さについてそう語る。

「ソダーバーグもそうですが、その監督が有名になるきっかけとなった作品をシャンテではけっこう上映していますね」

ソダーバーグ作品同様、89年のカンヌ映画祭で大きな話題を呼んだアメリカのインディーズ系監督がスパイク・リーだった。人種差別をテーマにした『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)はこの映画祭で賛否両論を巻き起こし、その後、アメリカ本国でも大変な議論を呼んだ。高橋専務は振り返る。

「日本のメジャーな配給会社もいろいろな写真〔映画〕をかかえていまして、シャンテにそれなりのものをもってきてくれました。スパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』の場合は、ぜひうちにかけたいという話がUIPからありました」

当時のUIPはスティーヴン・スピルバーグ監督の『インディ・ジョーンズ』シリーズや『E.T.』(82)『フラッシュダンス』(83)『ビバリーヒルズ・コップ』(84)など超メガヒット作を連発して、最強の洋画会社のひとつと考えられていた。

そんな会社にとってスパイク・リーの問題作『ドゥ・ザ・ライト・シング』は王道のエンタテインメントの枠からはずれた作品だった。

舞台は真夏のニューヨーク(ブルックリン)で、そこに住む人々の人種問題が過熱していく様子が強烈なユーモアをまじえながら群像劇として語られる。監督自身がピザ屋の店員役を演じていて、後半では彼が勤めるイタリア系オーナーの店で激しい暴動が起きる。

「当時、この写真〔映画〕を見て、すごいパワーだな、と圧倒されました。冒頭がボクシングシーンで始まり、ガーンとくる感じがありました。ただ、お客様が入るかな……とも思ったんですが、結果的にはいい数字が出ました」

この作品は『セックスと嘘とビデオテープ』の上映が終わった翌日の90年4月6日に封切られ、6月14日まで10週間の興行。シャンテの歴代20位(興行成績7400万円)となっている。

マスコミ用に作られたプレスが手もとにあるが、その中にピーター・バラカン(ブロードキャスター)が寄稿していて、「ますます巨大な多国籍企業中心となって行くアメリカの娯楽産業の中で、独自のヴィジョンを持った個人がコマーシャリズムと妥協せずに一般大衆に受け入れられることはかなりむずかしくなってきた。だからこそ、スパイク・リーの成功を心から喜びたい」と書いている。

思えば“黒人”という表現に変わって“アフリカ系アメリカ人(アフリカン・アメリカン)”という表現が日本の新聞や雑誌で使われるようになったのもこの作品からで、従来の黒人と白人の価値観を根底から覆すようなパブリック・エネミーのテーマ曲「ファイト・ザ・パワー」にも大きなインパクトがあった。

カラフルな色彩によるグラフィックな映像とリズム感あふれる選曲にも監督のセンスが出ていて、ニューヨークの80年代のストリート感覚が詰まった作品でもある。

スパイク・リーの成功によって、アフリカ系アメリカ人の監督や俳優たちが大きな躍進を遂げる(21世紀にはアフリカ系アメリカ人の大統領も登場した)。

そして、その後もデンゼル・ワシントン主演の音楽映画『モ'・ベター・ブルース』(90)から近年の戦争映画『セントアンナの奇跡』(08)まで数多くのスパイク・リー作品がシャンテでは上映されてきた。

スパイク・リーはジム・ジャームッシュ同様、シャンテに縁の深いインディペンデント系監督のひとりとなった(劇場でヒット作が出ると、その監督の作品をかけ続けるのが、ミニシアターのよき伝統でもある)。
spikelee
◉異人種間のラブストーリーを描いたスパイク・リー監督の『ジャングル・フィーバー』もシャンテで上映された
『ドゥ・ザ・ライト・シング』や『セックスと嘘とビデオテープ』の当時の客層について訊ねると、高橋専務からはこんな答えが返ってきた。

「ミニシアターは女性客が多いというイメージがあり、確かに女性も多いんですが、男性たちも来てくれました。若い方が多かったです。20代から30代前半くらいでしょうか。ただ、今はほとんどの観客層がシニアになってしまった。あれから20年たって、30代の人が50代、40代が60代ということでしょうか。若い人がこういうものに関心を持っていないとしたら、それは残念ですね。おそらく、お金の問題ではないと思うんですが……」

今の若い観客に関して高橋専務はこんな驚くようなエピソードも披露した。

「実は、最近、ある学生の研究発表があって、若い人がもっと映画を見るためにどうすればいいのか、その研究結果が出ていたのです。その中でおしゃべりしながら映画を見られるようにしてほしいという意見がけっこう多くてびっくりしました。そういう回をもうけてほしいという提案です。まあ、テレビを見るような感覚で映画を見たいのでしょう。きっと、今の若い人にとって映画はその場限りの消費財なんでしょう。映画を見て、メンタルの部分でいろんなことを感じてみたいとか、楽しみたいとか、今の人はないのかもしれませんね」

現在と過去の観客の気質の違いについて考えさせられる話だ。高橋専務はさらに付け加える。

「同じ映像でもネットのユーチューブは、1本が、2分か3分くらいです。ところが、映画となると、2時間から2時間半の長さなので、1本の映画を見ることに対して生理的に耐えられないのでしょう」 

 近年の観客層の変化にも話が及びながら、シャンテの代表作の話が続いていく。

(この項つづく)
TOHOシネマズシャンテ
◉現在は3つのスクリーンで「TOHOシネマズシャンテ」として営業している
大森さわこ
80年代より映画に関する評論、インタビュー、翻訳を本や雑誌に寄稿。ミニシアター系のクセのある作品や音楽系映画の原稿が多い。人間の深層心理や時代の個性に興味がある。著書に『ロスト・シネマ~失われた「私」を求めて』(河出書房新社)、『映画/眠れぬ夜のために』(フィルムアート社)、『キメ手はロック! 映画101選』(音楽之友社)、訳書に『ウディ・オン・アレン』(キネマ旬報社)、『カルトムービー・クラシックス』(リブロポート社)等がある。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「週刊女性」、「キネマ旬報」等に寄稿。芸術新聞社の「アメリカ映画100シリーズ」では、主力執筆陣の一人として筆をふるっている。
Twitterアカウント ≫ @raincity3
ブログ(ロスト・シネマ通信 (=^・^=)大盛招き猫堂)≫ http://blogs.yahoo.co.jp/raincity3