高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。
混乱の世の中ですが、心はいつも豊かでいたいものです。本年もどうぞ宜しくお付き合い下さい。2009年1月 大森暁生  
 
vol.17「高松よいとこ」
 
 “彫刻家”と“出張”は似つかわしくない響きに思われるかもしれない。
 自分でも「来週は○○に出張で」なんて言いながら、なんだか違和感がある。出張というからにはネクタイとスーツで、アタッシュケースにノートパソコンかなんか入れて……そんなイメージ。どっちかといえば我々の稼業は「遠征」? 「行脚」? 「地回り」? まぁ、そっちのほうがしっくりくる。“芸術品”とか“先生”とか持ち上げられても、実際のところ、やっている事は“寅さん”に近いと思っている。いや、それが良いと思っているのだけどね。ま、どちらにせよこの稼業でも、展覧会はもちろんのこと、会場下見や打ち合わせ、作品設置、などなどけっこう国内外の出張? も少なくない。
 
 さて先日も高松三越での三人展開催のために、香川県高松市まで行ってきた。香川県は生まれて初めて来た土地だ。普段、展覧会の出張といえば会場と近くのホテルとの往復だけで、夜は画廊さんやスタッフと打ち上げをかねた食事をして、朝はホテルのモーニングをかき込み、軽くお土産を買って新幹線に飛び乗る、そんな具合の実にあっさりしたもの。本当はその土地その土地の良い見所や美味しい物がたくさんあるのだろうけれど、性格的に「仕事」と思って出掛けているとそういう所まで足を延ばしてみる気になれなくて、任務を終えるとすぐ帰ってきてしまう。もったいないなぁ、と思ってはいるのだけどね。
 けれど今回の高松出張、地元に友達が何人か居て、彼らのおかげでこれがものすごく充実した旅になったのだ。彼らとはここ数年関わらせてもらったアパレルとの仕事を通じて出来た縁で、高松でアクセサリーのブランドやアパレル、飲食店などをやっている。ほんとうに良い仲間で、前々から高松に来いと言われていた。やっとその約束が果たせたのだ。
 今回はこの旅のことを書きつつ、皆さんの高松観光の参考にして頂ければこれ幸い。
 
高松よいとこ その1
「讃岐うどん」

高松といえばやっぱりコレ。讃岐うどんを食べなきゃ始まらない。今回は友達が高松空港までの送り迎えから現地での移動の全てをしてくれたのだけれど、その行き来の途中、移動の途中、とりあえずうどん屋へ入る。1軒じゃないよ、うどん屋のハシゴなんてここではあたりまえらしい。「もう1軒行くの?」とか「さっき食べたじゃん」とかそういう理屈じゃないわけ。とにかく高松じゅうどこにでもうどん屋があって、各自がお気に入りのお店を持っている。で、自分のテリトリー外ならばそこら辺の友達に電話して、その辺りのオススメ店に入る、といった具合。高松の人達にとって、うどん屋へ入ることはどうやら生活のリズム的なものらしい。
 
高松よいとこ その2
「桜 製作所」

 桜 製作所は1948年の創業以来六十年にわたり高松で高級木製家具を作り続ける工房。
 中でも特に代表的なジョージ ナカシマの家具は、氏の娘であるミラ・ナカシマさんが守り続ける米国ペンシルヴェニア州ニューホープのアトリエと、ここ桜製作所の2ケ所のみが制作販売する権利を持っている。
 
 今回の旅では友人の伝手で製作所内を隅々まで案内して頂いた。こういうのは本当に貴重な体験。中でも圧巻だったのは体育館くらいの場所にストックされている膨大な木材。そして、桜 製作所の永見会長は、その中のどこにどういう材木が保管してあるのか、その全てを頭の中に把握されているという。だから、注文があるとまず会長自らが相談を受け、お客さんの好みやニーズに一番適した1枚をその中から選び出すのだそうだ。木材というものは同じ種類であっても一つひとつ個性や特質やクセを持っているもの。そのことも全て踏まえたうえでセレクトするその技と経験は、どんなに世の中がデータ化されようとも、スーパーコンピューターを駆使しようとも絶対に真似出来ない、まさに日本の宝だと思った。  
 そしてその永見会長のもと、木匠 ジョージ・ナカシマ氏の精神を受け継ぎながら日々黙々と制作をするのは、年季の入ったベテランだけでなく、何人もの若者達。ジョージ・ナカシマ氏は、自分がこの世を去った今もなお、自身の作品を深く理解しこの先もずっと作り伝えてくれる彼らが居ることを、きっと喜んでやまないだろう。こういった、精神を伴った技の継承は、彫刻家という仕事では、その性質上なかなか真似の出来ることではなく、ちょっと羨ましく思えた。
 そして彼ら職人さん達と話をしていたら、ジョージ ナカシマ作品という事以上に、今の時代に彼らが作ったその家具が無性に欲しくてたまらなくなった。洋服やアクセサリーもそうだけれど、友人が作ったモノを持つことはなぜだか自分に誇りと自信が持てるものだ。じっくり考えて、近いうちに自分用の1脚を彼らに注文したいと思っている。

 ジョージ ナカシマ家具の他にも桜製作所オリジナルの家具も多数あり、それらは地元高松と東京銀座の桜SHOPにて購入可能。また2008年11月には桜製作所内にジョージ ナカシマ 記念館も完成した。ぜひ実物に触れ、その魅力を感じて頂きたい。
 
高松よいとこ その
「流 政之 氏」

 高松は彫刻家 流 政之氏がアトリエを構える地。流氏の作品は全国各地のモニュメント等でも目にすることが多いが、中でも『ニューヨーク・マガジン誌』2001年10月1日号に掲載された9・11同時多発テロ後の記事で、瓦礫の中でなおもカタチを留めている氏の石彫作品の写真は全世界に知られることとなった。
 夜中、友達が「見せたいものがある」と言って連れていってくれたのがこの場所。
 真っ黒な海に浮かぶように照らされた氏の作品。
 男3人、作品の台座に腰掛けて飲んだ缶コーヒーは美味かったなぁ。
 
高松よいとこ その4
「栗林公園」

「りつりん公園」と読みます。ここは文化財庭園(特別名勝)として日本最大の広さを誇り、百年以上の歳月をかけ築庭されてきた。その“ホンモノ感”は一目見ればすぐに納得。公園内に配された松をはじめ、手入れの行き届いた木々はどれもため息が出るほどだし、茶室と池との絶妙な景観など、おそらくランドスケープなんて言葉よりずっと前に、日本人はこんな素晴らしい感性を持っていたのかと、心から誇らしく思える。
 そんな素晴らしい庭園内を男3人がくだらない話しをしながら、ゲラゲラ声を上げて観光出来るところもここの懐の深さだね。
 

http://www.pref.kagawa.jp/ritsurin/index.html
 
高松よいとこ その5
「直島」

 今やアートスポットとして全国的に知られる直島。安藤忠雄氏のファンである自分としては、地中美術館はいつかは行ってみたいと思っていた場所。そして安藤建築と合わせてお目当てだったのがそこに収蔵されているモネの作品。
 七年ほど前、川村記念美術館で開催されていたモネ展を観たとき、自分を含めた現代作家のスケールの小ささを思い知らされて、以来、モネが好きになった。
 高松港から直島まではフェリーで一時間ほど。直島に上陸するとまずは草間作品がお出迎え。美術館まではそこからバスまたはレンタル自転車などで行くことになる。
 
 行ってみて知ったことなのだけれど、地中美術館のすぐそばにはベネッセ ハウスというミュージアムもあり、こちらも安藤建築でやはり地中に埋まっている。なのでなんだかややこしい。地中美術館の収蔵作品はクロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレルの3作家のみ。非常にシンプル。このわずか3人の作品が実に贅沢に展示されているのだ。比べてベネッセハウスの展示作家は実に様々な顔ぶれ。中には知り合いの木彫作家 須田悦弘さんの作品もあった。羨ましいかぎり。瀬戸内海を臨む中庭の野外壁面に展示されていた杉本博司さんの作品も、額入り写真を野外に展示するという新鮮さに驚かされた。
 美術館をひと通り回った頃、あまりの眠さに芝生で昼寝。ここ直島はそんな気分にさせてくれる。


 
http://www.naoshima-is.co.jp/  
 

 最後に、今回の旅をコーディネートしてくれた良き友人のお店を紹介したいと思う。

「DELTA MARKET」

 高松市福田町にある大人達のためのレストラン。
 照明がちょっと暗めの店内はとてもいい雰囲気で、さぞやお酒も進みそう。平日は夜中の三時まで営業しているので、ひと通り高松観光を終えてから一日の締めに寄ってみるのにも丁度いい。ちなみにお酒がぜんぜん飲めない自分はバナナジュースで夜遅くまでみんなと語り合いました。
「AUDIO」

 上記DELTA MARKETオーナーの奥様が経営のアパレルショップ。
 このコラムvol.2でも紹介したRUDE GALLERY他、ROCKな洋服を数多く扱うセレクトショップ。オーナーのミキさんはこちらのブログにずいぶん大森暁生情報を載せてくれたり、高松じゅうに展覧会の告知をしてくれたりと、ほんとにあったかい人。お世話になっています。

 
 高松市は初めて行った土地だったけれど、たくさんの温かい友人達のおかげでとても親しみを感じる街になった。思えば、自分の生まれ故郷を知ってもらいたい、紹介したい、案内したい、そういう人間の根元的な気持ちを、東京に居る人間は忘れがちなのかもしれない。東京は数え切れないほどの観光スポットがあるがゆえに、逆にいえばどこか街任せで、自分の言葉と時間で心を伝える事を忘れていた。この街で感じた温かさはきっとその部分なのだろう。
 そして街自体も近年では直島プロジェクトをはじめとした数々の取り組みにより、至るところでアートへの関心の高さを感じる。けれどそれは決して美術館や街中のモニュメントだけではなく、たとえば商店街の広大なアーケードや各公共施設など、街中の至るところで「キレイにする」気持ちを強く感じる。公共の建造物などはとかく“税金の無駄づかい”などの問題が付きまとうが、ここ高松市では街と人とが“キレイな街づくり”と“キレイな心づくり”をバランス良く実現しているように思えた。散策でお腹がすいたら、もちろん名物讃岐うどんをかき込む。元祖ファーストフード、時間はとらせない。お腹を満たして、またすぐ次の目的地へ。




 
目も心も胃袋も満たしてくれる高松市、皆さんも是非一度行かれてみては。
(2009.01.04 おおもり・あきお/彫刻家)